私の彼、後ろの彼。
キーンコーンカーンコーン
授業開始のチャイムが鳴った。
チャイムの音とほぼ同時に見たことのない先生が入ってきた。
きっと、次の授業の先生だろう。
そして、これまた先生が教室に入るとほぼ同時に教室中がざわついた。
「てんちゃん…」
私は誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「ん、どうした」
教室中がざわめき、てんちゃんの耳に入るはずもないと思っていた私の声がてんちゃんには届いていた。
だが、私はてんちゃんの声に反応することなく先生を見続けた。
そんな私を見て、てんちゃんもきっと教壇に立つ先生を見た。
「…っ、ええええ」
てんちゃんの叫び声が聞こえた。
私はビクッと肩を上げた。
だって、てんちゃんの叫び声が聞こえたのは私だけだったから。
「り、り、り、璃子!わ、私が、私がいるぞ」
てんちゃんは教壇に立つ先生を指差した。
そう、そこにはてんちゃんと瓜二つの人が立っていた。
澄んだ瞳が優しくて、でもどこか寂しげで、大きいのにまぶたが少し重そうな目。
シュッとした顔立ちもてんちゃんと同じ、ちょっとくるっとした髪型もてんちゃんと同じ、背が高いのも同じ、ファイルを持つ指が長いのも同じ。
唯一違うところといえば、先生はメガネをかけていて、ジャージ姿ということだけ。
てんちゃんはメガネなんてかけてないし、ジャージなんて着ていない。
てんちゃんはいつもスーツを着ていた。
ジャージ姿ということは、体育の先生だろうか。
入学してまだ1日目だから、時間割りなんて見てもいなかった。
次の授業が何かもしらぬままだ。
かっこいい…。
てんちゃんを毎日見ている私でさえもそう思ったのだから、教室中の女子がかっこいいと思わないはずもなかった。
先生は私たちに背を向け、黒板に何かを書き始めた。
「天…野…大…輔」
書く終わるとくるっ向きを変えて先生は私たちを見た。
「えー、今日から皆さんの保健体育を受け持つことになりました、天野大輔(アマノ ダイスケ)です。よろしくお願いします」
先生は一礼した。
先生しか見ていなかった女子生徒は先生が頭を下げると自分たちも一緒に頭を下げた。
天野の天って、ほんと、名前までてんちゃんとそっくりだった。
私は少しだけ後ろを振り向いた。
するとやはり、私が想像していた通り、呆然と口を半開きにしたてんちゃんが、まるで電信柱にでもなったかのように立っていた。
「んんーっ」
周りには気にならない程度に、でも、てんちゃんには聞こえるように軽い咳払いをした。
「璃子…、こんなことってあるんだな」
てんちゃんは天野先生に近づきながら言った。
天野先生の目と鼻の先まで近づき、足元から頭のてっぺんまでを何度も何度も見た。
自分を全身鏡で見ているようだと後でてんちゃんは笑って言った。