私の彼、後ろの彼。


「今日は、最初の授業なので、ガイダンスと質問タイムにしたいと思います」

天野先生はプリントを配りながら言った。

「はいはいはーい」

プリントも配り終わらないうちに、ある女子生徒が手を挙げた。

「ん?どうした」

そんな声も、聞き方も、てんちゃんと同じだった。

「先生、何歳ですかー」

これはいつもの質問だろう。

誰だってまずは年齢を知りたがる。

プリントを配り終えた先生が教壇に戻って答えてくれた。

「えー、先生は明日で29歳になります」

え…。

年齢も、てんちゃんと同じ。

まあ、と言ってもてんちゃんはずっと29歳なんだからいつかは同じ年齢になるのだけれど、これは偶然すぎる。

「えー、先生明日誕生日なのー?プレゼントあげなきゃ」

そう言って女子生徒はキャッキャと楽しそうに話をしていた。

私には話をする友達がいないし、てんちゃんとは今話ができないし、後で美香や健人に言ったところで、2人はてんちゃんの存在を知らないし、この気持ちを伝える場が欲しかった。

「はーい。静かに。じゃあ、ちょっと遅くなっちゃったけど、出席確認します。名前呼ばれたら好きなスポーツ言ってください。得意なものでも、上手くなりたいものでも、見るのが好きなものでも、やってみたいものでも、これが好きだなーって思うようなものであればなんでもいいです」

スポーツが苦手な私にとっては、難問だった。

私の名前が呼ばれるまではまだ時間があった。

でも、何が好きなのか分からない。

『璃子、好きなものとか好きなことって頭にパッと思い浮かんだ物でいいんだよ』

急に新田真の言葉が浮かんできた。

そういえば前の授業でも好きなスポーツの項目があった。

私はそこに中学から部活に入っていたテニスを書いた。

運動は苦手だったが、テニスだけは中学の部活で3年間も続けられた。

取り分け大会で上位に入賞するかと言われればそこまでではないし、他の人に教えられるかと言ったら、そこまでの技術もないし、得意だと胸を張って言えるほどでもなかったが、テニスはできた。

やっぱりテニスで決まり、と思ったは良いものの、私にアドバイスをくれた新田真のせいで私が副委員長をやるハメになったということを思い出した。

授業中でも構わない、文句を言ってやろうと思って後ろを振り返ると、彼の菅田はなかった。

授業終わりにリュックを持って出て行ったきり、戻っていないのだろうか。

「新田君なら、戻ってないよ」

てんちゃんが教えてくれた。

どこに行ったんだろう。

私は少しだけ心配になった。

イライラしているはずなのに…。

「じゃあ、次は、長浜璃子」

帰ってきたら、うんと懲らしめてやる。

「長浜璃子」

てんちゃんの声が聞こえた。

「璃子、先生に名前呼ばれてるぞ」

「え、あ、はい」

「ははっ、元気がいいんだな」

先生は笑った。

笑った顔もてんちゃんにそっくりだった。

「それで、長浜は何が好きなんだ」

な、何が好きって…。

「好きなスポーツは」

あ、そうだった。

好きなスポーツを言うんだった。

私は何を勘違いしてるんだ。

「テニスです」

「そっか、テニスか。先生もテニスが好きなんだ。じゃあ、部活はテニス部かな」

「ま、まだ決めてません」

「是非テニス部に入ってな」

くしゃっと笑ったその笑顔はワタシの目に焼き付いて離れなかった。

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