私の彼、後ろの彼。
「やっと1日が終わったね」
美香が両手を大空に広げて伸びをした。
「お前ら部活の見学に行かないのか」
健人はジャージ姿になっていた。
「健人はバスケ部に行くの」
「当たり前!すぐにレギュラーになってみせるから」
そう言って健人は走って体育館へと向かった。
「璃子はどうする?テニス部見に行く」
「うーん」
私は高校でもテニスをやるつもりはなかった。
中学時代もそこまで強くなれなかったし、高校に行ったら大会とかにも出してもらえないんじゃないかと思ったし。
「美香は、どうするの」
「私は見るだけならいいし、ちょっとだけ覗いてこようかな。ね、一緒に行こう」
私は美香に誘われるままテニスコートへと向かった。
美香は私と違ってスポーツが得意だった。
同じテニス部だったけど、美香が部長だった。
中学校からテニスを始めたと言っていたけれど、ぐんぐん上達して、3年生のときには全国大会にも出場した。
きっと、美香なら高校でも大丈夫だろう。
「あれ?すごい、人が集まってる」
美香はテニスコートがある方を指差して言った。
テニスコートの周りには、試合の応援をしに来ているのではないかと思うほどの人が集まっていた。
そして、そのほとんどが女子生徒だった。
「きゃー!先生すごーい!こっちに来てー!」
近づくにつれて女子生徒の黄色い声が聞こえてきた。
「ねえ、璃子。もしかして、あの人じゃない」
美香は私を掴む手に力を入れて、ぶんぶんと振り回した。
「ちょっ、ちょっと美香」
転びそうになりながらついていく私をよそに、美香は足を早めた。
「ちょっと、すみませーん」
人垣を掻き分けて美香は進んだ。
美香の手に繋がれている私の腕は人混みに揉みこまれちぎれてしまいそうだった。
「み、美香」
耐えきれずそう口にしたときだった。
私の腕を引く美香の手の力がなくなった。
「どうしたの」
美香の隣にやっとの思いで行くと、美香は目を丸くしてテニスコートを見ていた。
「ん?」
何をそんなに驚いているのかと思ったら、テニスコートには、女子生徒にテニスを指導する天野先生の姿があった。
「ねぇ、璃子…。どうしよう…。か、かっこいい」
美香は肩を震わせていた。
やっぱり美香も天野先生を好きになった。
健人がいるっていうのに…。
きっと、ここに集まっている女子生徒はみんな天野先生を見に来たのだろう。
これで美香もテニス部に入ることは決まっただろう。
私までテニス部に入るって言ったら、天野先生狙いだって思われかねない。
天野先生に「見学は終わり。もう帰りなさい。テニス部への入部希望者は明日から練習に参加していいぞー」と言われるまで女子生徒はキャッキャとしていた。
「私、テニス部入る!明日から練習する!」
美香は声高らかに言った。
やっぱりね。
「私も、美香はすぐにテニス部入るって言うと思ってたよ」
てんちゃんは笑いながら言った。
「璃子も一緒にやろうよ!ねっ」
美香は中学のときのと同じように顔の前で手を合わせて私にお願いをしてきた。
中学のときは何部に入るかなんて考えもしなかったから、美香に誘われるがままテニス部に入った。
それでも3年間楽しかった。
このまま美香と一緒にまた3年間テニス部でもきっと楽しいだろう。
「そういえば、今日も結局新入生代表見れなかったね。休みだったのかな」
「1限目はいたんだけど、2限目からいなくなってたんだ」
「そうなの。どうしたのかな」
美香のおかげで私は新田真のことを思い出した。
結局あのまま1日教室に戻ってくることはなかった。
「んまっ、でももういいや!私はテニス部に入るんだから」
美香の気持ちはすっかり興味のある方に切り替わっていた。
健人のことは、もういいのだろうか。
そんな疑問を持ったけれど、そもそも美香が健人を好きだと直接聞いたわけではない。
「じゃっ、明日はラケット持ってきてよね」
美香は満面の笑みで手を降り、帰って行った。