私の彼、後ろの彼。


 教室に着くと、新田真が私の後ろの席だったということが改めて分かった。

 朝、教室に入るとすぐ机に伏せていた私は、自分の席の前後左右を気にすることもなかった。

「璃子、ボールペン貸してくれないか?」

 後ろの席から声が聞こえた。

 どうやら彼は目を覚ましたらしい。

 聞こえないふりをして、無視をしようかとも思ったが、どうやら彼の方が一枚上手だったようだ。

 彼の声とともに、背中をゆびでつつかれるのを感じた。

 これでは聞こえなかったと言い訳をすることができない。

 私は仕方なく振り返った。

「あー、良かった。いくらつついても反応してくれないから、俺のこと嫌いなのかと思ったよ」

 彼の声は優しかった。

 笑うと口角がクッと上がった。

 黒縁メガネの奥の瞳は大きく、でも笑うと細く、キラキラとしていた。

 無造作なのか、寝癖なのか分からない、黒くて短い髪は清潔な印象をもたらした。

 いつの間にか彼に見とれていた。

 その事に私は気付いていなかった。

 きっと、無意識だったから。

「おーい。璃子」

 また、彼の優しい声が聞こえた。

 私は右手に握りしめていたボールペンを彼にそっと渡すと、何も言わず、何も聞かず、何もせずに前を向いた。

 後ろからは、
「サンキュー」
という彼の声が聞こえた。

 私の心臓は、ドキドキしていた。

 朝のドキドキとは全く違う。

 じーんと熱くなるようなドキドキだった。

 だが、そんな思いもすぐに消えた。

「長浜璃子、新田真、来なさい」

 いつの間にかホームルームが終わっていた。

 教壇には私たちを見て手招きする先生の姿があった。

 何だろう。

 私はすごく嫌な気がした。

 私と彼は先生のもとへ寄った。

「お前ら、他の先生から聞いたぞ。式の間寝てたそうだな」

「え、でもそれは…」

「それに退場でもモタモタしてたそうじゃないか。一体何を考えてるんだ」

「そんな…」

 私は弁解の余地を与えてもらえなかった。

 彼は何も言わず手を後ろで組んで黙っていた。

「明日からはしっかりしろよ」

「はい」

 そう答えると先生は教室を出て行った。

「やっべ。もうこんな時間」

 そう言うと彼は急いで席に戻り、リュックを背負って帰って行った。

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