Live as if you will die tomorrow
「ーあれ?燈真様???」
穏やかな春の訪れを感じさせる昼間とは打って変わって、急に降り出した雨と、吹き始めた強い風が、窓に叩きつける。
その様子を、自室に戻る途中の廊下で見ていると、様子を見に来た凛子が驚いた様子で駆け寄って来た。
「そんな薄着じゃ寒いでしょう?!今直ぐブランケットをお持ち致します…」
忙しなく動くその手を掴むと、凛子はピタリと停止した。
「な、と、燈真様?」
その手は決して柔らかではなく、小さいのによく働く、少し皮の厚い掌だった。
「ねぇ、凛子さん。」
手を握ったまま。
「は、はい?!」
凛子は動揺しつつも、振り払おうとはしない。
「凛子さんの名字って斉藤だよね。」
「え、そうですよ?どうしたんですか?突然。」
今更ですよ、と笑う凛子。
「貰ってもいい?」
「え?…貰うって…」
後から考えてみれば、凛子が拒否する事なんてないと分かっていたのに。
「じゃ、借りてもいい?」
この時は、ただ。
「一体どうしたんですか?燈真様。」
拒まれることが、怖くて。
「どうもしないよ。ただ、もしも名前が無くなったら、斉藤っていう名字も良いかなって思っただけ。」
「おかしなことを仰いますね。燈真様には、継がなくてはいけない立派なお名前がおありですのに。」
凛子は困ったように笑って、繋いだ手に、今度は自分から力を籠めた。
「良いですよ。こんな私の平凡な名前で良いのでしたら、喜んで差し上げましょう。」
パタパタ、雨の音。
「ありがとう。」
握りしめた手を、もう片方の手で、撫でて。
「ありがとう、凛子さん。」
そうして、放した。