神様はきっともう罰しないから
『俺、花のこと好きだ』


カナカナとヒグラシが鳴く夕暮れ時。
青々とした山の向こうにひっかかった太陽が、オレンジ色の光を空に零していた。
光の海の中、カラスが二羽、連れ添いながら山へ帰って行く。

ボタンを三つくらい外して、鎖骨を露わにした夏の制服。
手には使い込んだスポーツバッグ。
首にはタオルをかけた、日焼けして真っ黒になった男の子は、光の中でもはっきりとわかるくらいに顔を真っ赤にしていた。


『花のことが大好きだ。どうしたら、俺のことだけ見てくれるんだよ』


意志の強そうな瞳が、私を射抜くように見つめる。
少しだけ潤んで、熱が溢れている。
その光を見ているだけで、私の体の奥がずきんと疼いた。

そして、気付く。
これは、遠い日の夢を見ているのだと。
遠くに過ぎ去った、過去の夢。
ああ、私はこの時、彼になんて言ったんだっけ。


『なに言ってんの。私たち、四つも違うんだよ』


そうだ。彼を傷つけたんだ。


『高校生は、高校生と付き合いなさいよ』


ドキドキしているくせに、どんな顔していいか分かんないくせに、傷つけることだけ言えた。
彼の表情が、強張った。しまった、そう思ってももう遅い。


『四つしか、だ。俺たち、四つしかかわらない』

『四つも、だよ』


こんなこと、言いたいんじゃない。
だけど、口にしてしまう。
それは、彼よりも自分が、気にしていたからだ。
四つも違うのに、好きになっていいわけ、ない。


『だいたい、年は、関係ない』


言うなり、目の前の男の子は私の腕を掴んだ。
引き寄せられた私の体が傾ぐ。
私を受け止めた彼は、噛みつくように、私の唇を奪った。


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