神様はきっともう罰しないから
掃出し窓から、穏やかな朝の光が差し込む。
つけっぱなしのテレビの向こうで、お天気アナウンサーが今日は、小春日和となるでしょうと言っている。
十一月は空の透明度が増していく頃だ。今日の空はきっと綺麗だろうと思う。
私と藍は無言で、食事をした。
遠い昔、藍と食事をとるのは日常だった。
家が隣同士で、私たちはとても仲がよかったから。
一緒にごはんを食べて、一緒に眠った。
藍はいつでも私の傍にいたし、私も、藍の傍にいた。
いつまでもこうしているものだと、思っていた。
けれど、私たちの間には五年もの空白の時間が横たわっている。
それはとても大きくて、飛び越えようがない。
そして、その空白を作ったのは、他でもない私だ。
私が、逃げた。
目の前の藍を窺う。
綺麗な顔立ちは、大人びたけれど何ら変わりがない。
だけど、私の知っている藍とは、確実に、決定的に違うわけだ。
それが、五年間という時間だ。
「さて、と。俺行くわ。茶碗は洗わなくっていいから、水に漬けておいて」
私より先に食べ終わった藍が、立ち上がった。
「え、あ。えっと、何時に帰って来る、の?」
「あー、七時くらいかな。花はその時間、家にいる?」
「多分、だけど。あ、ちょっと待って。確か、ここに」
立ち上がり、サイドボードの引き出しの中からキーホルダーを取り出した。
ウィンクした猫のそれについているのは、一年前に元彼が置いていった合鍵だ。
「これ、使って。もし私がいない場合でも、入れるでしょ」
「いいの?」
藍が驚いたように私を見る。
「だって、ここに荷物あるんだし。入れないと不便でしょ」
「そうだけど……、あ、うん、じゃあ借りる」
私の手から鍵を受け取って、藍は少しだけ笑った。
「夕飯、何か食べたいものある?」
「え? 夕飯も藍が作ってくれるの? 何もかもしてもらえないよ。私がやる」
「その手じゃ、無理でしょ。右利きのくせに、包丁どうやって握るの」
「そ、そうだけど、なんとか」
「なんとかできないよね。いいよ、ここにいる間くらいは料理は俺がやる。おばちゃんからの依頼でもあるし。リクエスト、ある?」
「え? えーと、あ」
「チキン南蛮?」
それは、私の子供のころからの大好物だった。やっぱり、藍は覚えていた。
「あ……うん。じゃあ、それがいい」
「了解」
鍵をポケットに仕舞い、藍は私の頭にぽんと手を置いた。
「花も、仕事なんでしょ。気を付けて。階段から落ちないように」
「落ちない!」
「それはそっか、酔ってないもんな」
「うるさい!」
意地悪く言う藍のお腹を殴ろうとして、避けられた。
「ふふん、花の攻撃なんか当たるわけないだろ。じゃあ、行って来る」
ひらりと手を振って、藍は部屋を出て行った。
すぐに、玄関のドアが開閉する音がする。
藍のいなくなった方を見つめていた私は、その場にぺたんと座り込んだ。大きなため息を全身でつく。
「なんだ、これ」
独りごちる。なんだ、これ。
なんなんだ、一体。
つけっぱなしのテレビの向こうで、お天気アナウンサーが今日は、小春日和となるでしょうと言っている。
十一月は空の透明度が増していく頃だ。今日の空はきっと綺麗だろうと思う。
私と藍は無言で、食事をした。
遠い昔、藍と食事をとるのは日常だった。
家が隣同士で、私たちはとても仲がよかったから。
一緒にごはんを食べて、一緒に眠った。
藍はいつでも私の傍にいたし、私も、藍の傍にいた。
いつまでもこうしているものだと、思っていた。
けれど、私たちの間には五年もの空白の時間が横たわっている。
それはとても大きくて、飛び越えようがない。
そして、その空白を作ったのは、他でもない私だ。
私が、逃げた。
目の前の藍を窺う。
綺麗な顔立ちは、大人びたけれど何ら変わりがない。
だけど、私の知っている藍とは、確実に、決定的に違うわけだ。
それが、五年間という時間だ。
「さて、と。俺行くわ。茶碗は洗わなくっていいから、水に漬けておいて」
私より先に食べ終わった藍が、立ち上がった。
「え、あ。えっと、何時に帰って来る、の?」
「あー、七時くらいかな。花はその時間、家にいる?」
「多分、だけど。あ、ちょっと待って。確か、ここに」
立ち上がり、サイドボードの引き出しの中からキーホルダーを取り出した。
ウィンクした猫のそれについているのは、一年前に元彼が置いていった合鍵だ。
「これ、使って。もし私がいない場合でも、入れるでしょ」
「いいの?」
藍が驚いたように私を見る。
「だって、ここに荷物あるんだし。入れないと不便でしょ」
「そうだけど……、あ、うん、じゃあ借りる」
私の手から鍵を受け取って、藍は少しだけ笑った。
「夕飯、何か食べたいものある?」
「え? 夕飯も藍が作ってくれるの? 何もかもしてもらえないよ。私がやる」
「その手じゃ、無理でしょ。右利きのくせに、包丁どうやって握るの」
「そ、そうだけど、なんとか」
「なんとかできないよね。いいよ、ここにいる間くらいは料理は俺がやる。おばちゃんからの依頼でもあるし。リクエスト、ある?」
「え? えーと、あ」
「チキン南蛮?」
それは、私の子供のころからの大好物だった。やっぱり、藍は覚えていた。
「あ……うん。じゃあ、それがいい」
「了解」
鍵をポケットに仕舞い、藍は私の頭にぽんと手を置いた。
「花も、仕事なんでしょ。気を付けて。階段から落ちないように」
「落ちない!」
「それはそっか、酔ってないもんな」
「うるさい!」
意地悪く言う藍のお腹を殴ろうとして、避けられた。
「ふふん、花の攻撃なんか当たるわけないだろ。じゃあ、行って来る」
ひらりと手を振って、藍は部屋を出て行った。
すぐに、玄関のドアが開閉する音がする。
藍のいなくなった方を見つめていた私は、その場にぺたんと座り込んだ。大きなため息を全身でつく。
「なんだ、これ」
独りごちる。なんだ、これ。
なんなんだ、一体。