神様はきっともう罰しないから
私の勤めている『金魚草写真館』は、街の外れにある。
古民家を改造した、一風変わった建物と、金魚の形をした風見鶏が目印だ。

オーナー兼カメラマンは永井朱鷺(ながい とき)さんという男性。
二十代のころはカメラを片手に世界中を徘徊(本人談)していたらしい。
実際、店内にはその頃取った写真が溢れかえっている。
何ヶ国廻ったんだろうと感動してしまうくらいの量だ。
店内を一巡りするだけで、ちょっとした世界旅行が出来てしまう。
けれど、今はどういうわけだか街の写真屋さんに落ち着いている。

年は多分三十後半。
百八十を超える身長に、筋肉質な体。
多分そこそこ整った顔をしていると思うけれど、もじゃもじゃの髭が邪魔をして、ただの強面のガタイのいいおっさんに見える。
写真撮影に来た子供たちが泣くのは、最早恒例行事である。

ギプスで登場した私を見て、朱鷺さんはとても驚いた。
そして、事情を聞いた途端、お腹を抱えて笑い出した。


「お、お前馬鹿かよ。そんな事情で怪我とかダサすぎる。女としても、どうかと思う」

「分かってます! ていうか、笑い過ぎです!」


椅子から転がり落ちかけてまで笑い続ける朱鷺さん。ムカつく。


「わ、悪い。けどさあ」


目じりに滲んだ涙を拭って、私の手をちらりと見る。反射的にぶっと吹き出す。


「朱鷺さん! 怒りますよ」


雇い主とはいえ、殴ってやりたい。こぶしをつくってみせると、慌てて顔を作った。


「まあ、しかしあれだな。災難だったな」

「こんな手なので、ご迷惑をおかけすると思うんですが」


仕事に差し障りが出てしまうのは、本当に申し訳ない。頭を下げると、「できる範囲でやってくれたらいい」と言ってくれた。


「治るまでは俺も協力するさ。無理すんな」

「ありがとうございます!」

「にしても、それ、困るだろ。絵」

「あ……」


そうだ。藍の登場で、すっかり頭の隅に追いやってしまっていた。

私は昨日、仕事を失ったショックでお酒を飲んで、こんなことになってしまったんだった。
絵本作家になりたいと言う夢が、一気に遠のいたんだった……。


「描けねえと仕事に差し障るもんな。大丈夫なのか」


朱鷺さんは、私が絵の仕事もしていることを知っている。
締め切り前にはシフトを調整してくれたりもするし、お店のチラシを作るときには私に絵を描かせてくれる。
絵描きに頼んでるんだから、とお給料とは別に代金をくれる、理解ある人だ。


「実は、昨日、両方とも切られちゃったんです……」

「切られた? 仕事、なくなったのか」


こっくりと頷く。それから、昨日の立て続けの電話の話をした。

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