神様はきっともう罰しないから
部屋が近づくにつれ、妙に緊張していく。
足取りを速めたいのか、遅らせたいのか分からない。
だんだんと、足の運び方さえ分からなくなっていく。

藍の待つ部屋に帰る。

こんな日がまた来るなんて、想像すらしていなかった。
二度と手に入らないものだと何度も自分に言い聞かせ、過去のものにした。


『おかえり、花!』


ドアを開けると出迎えてくれた無邪気な笑顔。
ぎゅっと抱きしめてくる逞しい腕も、温もりも、耳元で『待ってた』と囁く、甘い声も。

全部、何重もの記憶の扉の向こうに押し込めた。

なのに、こんなに急に、心の準備もないまま迎えるなんて。
道端から部屋を見上げると、灯りが灯っていた。
藍は、先に帰り着いていたらしい。


「せめて、私の方が早かったらよかったのに」


ため息をついて、階段を上った。鍵を開け、中に入る。


「えっと、ただいま」


奥の方におずおずと声をかけると、「おかえり」と声がした。
リビングに入ると、じゅうじゅうと油の音がして、香ばしそうな匂いが満ちていた。
黒いパーカーを着た藍がキッチンに立っていて、「着替えてきなよ」と言った。


「ちょうどよかった。タルタルソース作るの手伝ってくれる?」


本当に、チキン南蛮を作ってくれているらしい。
カウンターにはチキン南蛮の到着を待つ、千切りキャベツの盛られたお皿が鎮座していた。
私の好きなかぼちゃのサラダも、脇に添えられている。


「うわ、すごい」

「思ってたよりも早く帰れたから。ほら、早く着替えて」

「ああ、はい」


そそくさと自室に入り、部屋着に着替えた。
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