神様はきっともう罰しないから
部屋着の上にロングコートを着て、すっぴんを誤魔化す為のマスクを装備。
ぼさぼさのひっつめ髪はニットの帽子で隠して、ポケットに財布を突っ込んだ私は、少しだけ頼りない足取りで部屋を出た。

私の部屋はアパートの二階に位置している。
剝き出しの階段を下りようとしたとき、びゅうっと冷たい冬の風が頬を撫でた。


「さっむ! ああもう、さっさと買いに行って帰ろう」


ぶるっと震えた私は、コートの合わせ目をぎゅっと握りしめて階段を駆け下りた。
のがいけなかった。


「あ」


段差を踏み外したと気付いた瞬間、私の体は前方に放り出され、ふわりと浮いた。
しかしそのままふわふわと着地出来る訳もなく。コンクリート打ちっぱなしの地面に容赦なく叩き落とされた。
無残にも骨の折れる音を聞いた私は、余りの痛みに気を失い、次に目が覚めた時には、救急病院のベッドの上だった。


「あ、妹尾さん。意識戻ったねえ。酔って階段走り下りるなんて、駄目よー。頭から落ちてたら、大変なことになってたわよ」


目覚めた私に気付いた看護師さんが困ったように笑って、私は全身を襲う痛みに耐えながら事態を理解するのに務めたのだった。 

右手首上部骨折。全治五週間。

階段から落ちた私は、奇跡的にもそれ以外に大きな怪我を負わずに済んだ。
酔った頭でも、とりあえず頭を庇おうと手を突き出していたのが幸いしたらしい。

だけど、利き手である。
生活していくうえで不便なことこの上ない。そして何より、絵が描けない……。


「うう。最低……」

「最低じゃないわよ、妹尾さん。このくらいの怪我で済んで、ラッキーって思わなきゃ。あとで先生に来てもらうから、しばらく寝ててね。先生からオッケーが出たら、帰れると思うわよ」


じゃーねえ、と看護師さんが出て行く。
ラッキー、ラッキーなんてこれっぽっちも思えないです……。
仕事を一気に失い、しかも、絵が描けないなんて。
枕に顔を埋めて泣きくずれ……って、体中痛くて動けない。
私は、真っ白の天井を見つめたままだらだらと涙を流した。涙を拭うのも億劫なので、そのままだ。



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