神様はきっともう罰しないから
「うう……」
「涙が耳の中に入って、中耳炎になるよ。すぐ耳痛がるだろ、馬鹿花」
「馬鹿言うな! って……」
心底呆れた声がして、その方向へ顔を向けた私は、言葉を失った。
出入り口のドアの前に、絶対ここにいるはずのない人が立っていた。
「よ、花。久しぶり」
ドアに身を預け、ひょいと片手を上げてみせる、それだけの仕草なのに様になる。
モデルのような、均整のとれた体躯。やたら目力のある、綺麗に整った顔。
形の良いアーモンドのような瞳を細めて、愉快そうに私を見るその人は。
「藍(あい)……」
数年ぶりに会う、幼馴染だった。
「なんで……」
なんで、ここにいるの。そう訊きたいのに、満足に声が出ない。
喉の奥で詰まる。そんな私に、藍はこれまでの長い時間などなかったかのように、昔のまま笑ってみせた。
「花に、会いに来た」
「うそだ」
反射的に言うと、藍は目を見開いて、それからくつりと嫌な笑い声を洩らした。
「うん、嘘。会社の研修で、こっちに来ただけ。で、花のかーちゃんについでに様子見て来てくれって言われてたから」
アパートの前に付いた時、ちょうど救急車で搬送されようとする私と遭遇したと藍は言った。なんてタイミングだ。
「身内ですって言って、とりあえず一緒に乗って来たんだ。これでも一応心配はしたんだぞ」
ベッドの脇の椅子に腰かけ、藍はふーっとため息をついた。
「いい年した女が、昼間っから酔ってウロウロすんなよな」
「じ、事情があったの!」
心底呆れたと言う口調で言われ、大きな声で反論する。あ、駄目だ体に響く。うう、と唸った私に、藍が視線を流す。
「どんな事情で昼酒になるんだよ」
「い、いろいろ。私にも、どうしようもなく思い悩むことがあるの!」
立て続けに仕事を失ったから、なんて言えない。
絵で生きていくと豪語して田舎を飛び出した私を、藍は知っている。
故郷の小さな駅で私を見送ってくれたのは、他ならないこいつだ。
藍にだけは、私の仕事が上手くいっていないことを知られたくない。
口ごもった私に「ふうん」と答える藍だけれど、視線は探るように鋭い。
それから、「疑ってた?」と訊いてきた。
「は? 疑うって、何が」
藍の探りから逃れるべくきょろきょろしていた私が視線を戻すと、藍のそれとかち合う。
藍は私の目の奥を窺うように、じっと見つめてくる。
「分かってない?」
「はあ? だから、何がよ」
「……何でもない」
ぷい、と顔を逸らした藍が、「あ、そういえば」と思いだしたように言った。
「花の実家には一応連絡しておいた」
「な⁉」
なんてことをしやがった!
「涙が耳の中に入って、中耳炎になるよ。すぐ耳痛がるだろ、馬鹿花」
「馬鹿言うな! って……」
心底呆れた声がして、その方向へ顔を向けた私は、言葉を失った。
出入り口のドアの前に、絶対ここにいるはずのない人が立っていた。
「よ、花。久しぶり」
ドアに身を預け、ひょいと片手を上げてみせる、それだけの仕草なのに様になる。
モデルのような、均整のとれた体躯。やたら目力のある、綺麗に整った顔。
形の良いアーモンドのような瞳を細めて、愉快そうに私を見るその人は。
「藍(あい)……」
数年ぶりに会う、幼馴染だった。
「なんで……」
なんで、ここにいるの。そう訊きたいのに、満足に声が出ない。
喉の奥で詰まる。そんな私に、藍はこれまでの長い時間などなかったかのように、昔のまま笑ってみせた。
「花に、会いに来た」
「うそだ」
反射的に言うと、藍は目を見開いて、それからくつりと嫌な笑い声を洩らした。
「うん、嘘。会社の研修で、こっちに来ただけ。で、花のかーちゃんについでに様子見て来てくれって言われてたから」
アパートの前に付いた時、ちょうど救急車で搬送されようとする私と遭遇したと藍は言った。なんてタイミングだ。
「身内ですって言って、とりあえず一緒に乗って来たんだ。これでも一応心配はしたんだぞ」
ベッドの脇の椅子に腰かけ、藍はふーっとため息をついた。
「いい年した女が、昼間っから酔ってウロウロすんなよな」
「じ、事情があったの!」
心底呆れたと言う口調で言われ、大きな声で反論する。あ、駄目だ体に響く。うう、と唸った私に、藍が視線を流す。
「どんな事情で昼酒になるんだよ」
「い、いろいろ。私にも、どうしようもなく思い悩むことがあるの!」
立て続けに仕事を失ったから、なんて言えない。
絵で生きていくと豪語して田舎を飛び出した私を、藍は知っている。
故郷の小さな駅で私を見送ってくれたのは、他ならないこいつだ。
藍にだけは、私の仕事が上手くいっていないことを知られたくない。
口ごもった私に「ふうん」と答える藍だけれど、視線は探るように鋭い。
それから、「疑ってた?」と訊いてきた。
「は? 疑うって、何が」
藍の探りから逃れるべくきょろきょろしていた私が視線を戻すと、藍のそれとかち合う。
藍は私の目の奥を窺うように、じっと見つめてくる。
「分かってない?」
「はあ? だから、何がよ」
「……何でもない」
ぷい、と顔を逸らした藍が、「あ、そういえば」と思いだしたように言った。
「花の実家には一応連絡しておいた」
「な⁉」
なんてことをしやがった!