神様はきっともう罰しないから
「酔って階段から落ちたって言ったら、すっげえ怒ってた。あのアホ娘がー!って電話口で絶叫」


ああ、と声を洩らして、目を閉じた。
田舎の母は、すっごく怖い。
普段はにこやかで人当たりのいいおばちゃんなのだが、ひとたび怒ると手が付けられない。


「お母さん、ここに来るんでしょ、きっと……」


ぶちギレながらバッグに荷物を詰めている母の姿が、容易に想像できる。
あの人は直接怒鳴らないと気が済まない人だ。
そしてとても世話焼きなので、回復するまできっと、居座るのだ。
五週間、私は彼女の小言を聞きながら生きなければならないのか。


「いや、明日から婦人会の旅行で台湾に行くんだってさ。四泊五日。だから、こっちには来ないよ。それに、ママさんバレー始めたからしばらくは無理だって」

「ほんと⁉ ってうわあ!」


ぱっと目を開けると、至近距離に藍の顔があった。男のくせに長くてバサバサの睫毛の一本一本まで見えた。


「な、なに⁉」

「いや、久しぶりに顔見たからついまじまじと。肌、荒れてんなあ。つーか、老けたな」


そう言う藍の顔はつるつるで、シミ一つない。小中高とサッカーに明け暮れていたくせに。
ていうか。


「老けた言うな。私とあんたは四歳も離れてるの。これは年相応なの。わかる?」


藍は、私より四つ下。今年で二十三歳だ。一緒にされても困る。藍はふん、と鼻を鳴らした。


「たった四つ、だろ。それくらいの差で偉そうな顔するな」

「……、してない!」

「ま、五年ぶりだから、こんなもんか。にしても、高校の時に抜きすぎて、薄くなった眉毛もそのまんまだな。もう生えてこないの、それ」


嫌なことを言う。幼馴染ってこれだから嫌だ。
それよりも、今すっぴんなのを思いだした。慌てて布団の中に顔を埋める。


「あんた、何しに来たの。私の顔を見るだけなら、もう用件は済んだでしょ。帰ってよ」


なんて再会だろう。
酔って怪我をして緊急搬送なんてアホをやらかしたタイミングでなくったっていいじゃない。
こんなの、望んでいなかった。
せめて、もうすこし体裁を整えた状態で、会いたかったのに。

余りの情けなさに、泣きそうになる。
目の周りが熱くなって、こみあげてくるものをぐっと堪えた。


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