あなたと出逢わなければ 【第一楽章のみ完結】
「全て確認終えました。
綺麗になりましたね」
確認が終わって、ふぅーっと緊張が解ける。
「それでは、藤【ふじ】さん、文【あや】さんは装束に着替えて、
控室へ。楓【ふゆ】さんは、お守りの授与のお手伝いを」
藤本の藤さん。
文乃【あやの】さんで、文【あや】さん。
こんな風に、舞女【まいひめ】さん同士では、
名前にちなんだ呼び名が決められる。
午前中はお守りの授与。
午後からは数回の、倭舞を終えて
クタクタになりながら、一日を終えた。
着替えを終えて、愛車に戻って一息。
鞄の中のスマホを覗き込むと、祥永からの着信が何度か続いていた。
そしてそのままLINEの画面を確認すると、祥永からのメッセージが届いていた。
*
楓文、今日の夜逢えないか?
俺がそっちに出て行くから。
*
伊勢に自宅がある祥永が、鳥羽まで来ることを告げる連絡。
清香の一件がなければ、純粋に喜んだかもしれないけど
今の私には不安要素しか存在しない。
スマホの電話帳を開いて、祥永の電話番号を表示させてコールするものの
祥永が出ることはなくて、そのままLINEに返信を書きこむ。
*
わかった。
開けとくよ。
夜だから、近所のカフェテラスでいいかな?
*
っと自転車で行ける距離を指定する。
そのまま暫く、LINEを見つめ続けるものの既読になることなく
私は車のエンジンをかけて、愛車を発進させた。
運転中にLINEの着信を告げる音が響く。
自宅についてスマホを確認すると、『OK』と言うスタンプがペタリと貼られていた。
車から降りて、玄関のドアを開けると晩御飯の香りが家の中に広がってた。
「ただいま」
「お帰りなさい。疲れた顔してるわね」
「まだ新人だもん。
巫女舞って、ゆっくりなテンポと所作だからさ
なんて言うか体中筋肉痛だよ。
あっ今日の夜、祥永が鳥羽に来るってさ。
だから夜、少しカフェまで出掛けるわ」
用件のみ伝えると、スーツを脱いでハンガーにかけて吊るした後
衣装ケースからラフ着を身につけて、倒れ込むようにベッドに突っ伏した。
あぁー、もう疲れたー。
そのまま起き上がる気力なんてなくて、
そのままウトウトと眠ってしまう。
「楓文、起きなさい。
お父さん、帰ってきたわよ。
晩御飯にしましょ」
ゆさゆさとお母さんに揺すられて、ようやく目が覚める。
すでに19時半近くになろうとしていた。
慌ててダイニングに降りると、すでに皆テーブルについていて
私が座るのを待ってた。
晩御飯は家族揃ってが家風の我が家。
「遅くなってごめん」
椅子に座ったのと同時に、テーブルにお茶椀がコトリと置かれて
温かい食事が並ぶ。