あなたと出逢わなければ 【第一楽章のみ完結】
「酷い天気だね」
「ホント、えらい天気。
車から此処までの距離で、びちゃびちゃだよ」
「仕事後なの?」
「うん。
昨日、お父さんの手術成功したよ。
だからほらっ、神様にも有難う伝えておきたいしね。
真面目に、アマテラスにお仕えしてきた。
いっぱい、姑さんみたいな上司の元で掃除してきたよ。
先生は今帰り?
なんか、今日はいつも以上に顔疲れてるけど?
先生の過労死なんて洒落になんないよ」
どのタイミングで、みなとまつりに誘おうかと必死に考えるものの
私の口から出る言葉は、可愛げのない言葉ばっかり。
「人を年寄り扱いするなって。
まっ、今から帰って寝るよ。
楓文ちゃんも早く、お父さんに顔見せてやれって。
病室で退屈してるだろうから」
あっ先生に言われちゃった。
このまま今日も言えずに終わるのかな。
病棟方向に歩きかけた足を必死に止めて、石神さんのお守りをギュっと握って
心の中でアマテラスに力を貰う。
此処で言わなきゃ、女が廃る。
自分の中で気合をいれて、くるりと振り向いた。
「うん。
あっ、先生。あのさー、今週の金曜日空いてる?」
先生は驚いた顔をしていたけど、
すぐに午後から空いてることを教えてくれた。
その瞬間、心の中はガッツポーズ。
「じゃ、その時間私にちょうだい。
鳥羽、みなとまつりなんだ。
宮川の花火は、駐車場でしか見れなかったから
今度こそ、ちゃんと見よう。
お父さん助けてくれたお礼がしたいから。
じゃ、金曜日ね。
先生、連絡待ってるから」
畳みかける勢いで、一気に言いたかったことを伝え終えると、
手に持っていたカードを握りしめて、
先生に手をふって、エレベーターの方へと駆けだした。
心臓はバクバク言ってるし恥ずかしくて顔は赤面してる気がする。
滑り込むようにエレベーターに入ると、
さっきまでのことを思いだしながら、鏡に映る自分に労いを送った。
後は金曜日を待つのみ。
お父さんのお見舞いに顔を出すと「いいことあったのか?」ってお父さんは
話かけてくる。
お父さんにも隠し事が殆どない私は、今度のみなとまつりに、先生と出掛けるのだと
サラリと口走って、思わず両手で自分の口元に手をあてて、お父さんを見つめる。
「はははっ。
そうか……お前が、あの先生をな……。
金曜日は楽しんで来い。
宮川の分もな」
「うん。
9月の下旬に次のLIVE決まったよ。
だから練習始まるから、なかなか来れなくなるかも」
「お父さんのことは気にすんな。母さんが来てくれてる。
それに父さんも来週には退院できそうだからな。
自宅療養だとさ」
「そっか。
んじゃ、明日も早いから今日は帰るね」
「あぁ、気をつけて帰れよ」
その日、大雨の度に冠水する道路をお父さんに教えて貰って、
その道をさけるように自宅へと戻った。
金曜日まで先生からの連絡もなければ、会うこともないままに時間は過ぎた。