あなたと出逢わなければ 【第一楽章のみ完結】
みなとまつりの朝。
朝早くから、花火の音が響く。
祭の朝を告げる合図。
遠足を待つ子供みたいに、ドキドキして眠れなかった私は
早々にベッドから這い出して部屋を掃除して朝風呂を楽しんだあと、メイクに集中する。
メイクとヘアメイクが決まったところで、お母さんに持ってる浴衣を全て出してもらって
その中から、一番大人っぽい浴衣を選んで、着付けを終えた。
まだ早すぎるのに、10時前には全ての準備を終えて、スマホを見つめては連絡が入らないことに
がっかりしてる自分が居た。
こっちから連絡したいって思っても、生憎私はまだ先生の連絡先を知らない。
落ち着かなくて、浴衣のままベッドに腰掛けて壁に持たれて、
ギターを爪弾きながら、次のLIVE用の新曲のフレーズを考えたり、UNAのポラリスをかけながら
一緒に演奏して歌を重ねる。
何かやってないと、先生を待つ時間が辛すぎて。
お昼を過ぎても連絡がなくて少し気落ちし始めた13時頃、
スマホが着信を告げた。
見慣れない電話番号。
何時もは警戒して知らない番号は出ないけど、
今回は通話ボタンを押して電話に出る。
「もしもし」
「もしもし連絡遅くなってごめん。
今、駅前の駐車場に車を停めたけど、俺は何処に行けばいいかな?」
電話から聞こえる先生の声に、涙が零れるくらい嬉しくなった。
「駅西に居てください。今から迎えに行くんで」
慌てて部屋を飛び出して、慣れない浴衣で愛車を駅まで運転する。
すでに夜の花火を待つ人たちで賑わいを見せる駅周辺。
駅西のロータリーで、先生と合流して助手席に乗って貰うとそのままドキドキの時間が始まった。
「ご飯食べた?」
「まだ食べてません」
「だったら何処かで食べないとね」
っと言うものの、駅周辺の食べ物屋さんはお客さんで賑わっていて
すぐに食べられそうになかった。
「ちょっと離れていいですか?
ちょっと、あげだこが恋しくなった」
そう言って私は車を目的のお店まで走らせた。
小さい時から大好きだった、片岡のあげだこ。
そこで『あげだこ』と『たこせん』を購入する。
「あげだこなんて懐かしいな」
っと私に付き合って、先生も受け取りを待つ。
アツアツのあげだこを車の中で食べて、タコせんを楽しむと
車を走らせて次の店へ。
デートのデの字もないけど、私が良く行く店に行って、
少しでも先生に私を知って欲しくて。
次はお気に入りの、ホルモンそば。
一見【いちげん】さんが暖簾を潜るには、
ちょっぴり勇気のいるお店も、小さい時から行ってたらノープログレム。
勝手知ったるお店で、駐車場に車を停めるとささっと店内へと入る。
お昼ラッシュが少し落ち着いたのか、お店のお母さんが『いらっしゃい楓文ちゃん』と
招き入れてくれる。
「お母さん、いつものおそば二つ」
戸惑ってる先生をテーブルへと誘導すると、コップにお水を入れてテーブルへと置く。
そうこうしてる間に、目の前の鉄板でお母さんが野菜とお肉を炒めはじめて、おそばと混ぜてくれる。
「楓文ちゃん、今日は祥永くんと一緒じゃないの?」
「祥永とはとっくに別れたから。
今日はね、お父さん助けてくれたお礼に先生招待したの」
そう言いながら会話を進める私に、先生はちょっぴり隣で緊張してるみたいだった。
お母さんが作り終えてテーブルを離れると、割り箸を折って特製のお味噌につけて
おそばを食べ始める。
私の食べ方を見て、ようやく食べ始めた先生も、ペロっと食べ終えてしまった。
ドキドキしながらの食事で、今日はあんまり味がわからなかったけど、
何時も美味しいから、今日もちゃんと美味しかったよ。
うん。
御馳走さまでしたーってご飯を食べ終えて、会計をしようとすると
先生がスマートに先にお財布からお金を出してしまう。
「先生、これは片付けて。
今日はお礼なんだから。先生に出して貰ったらお礼にならないでしょ」
っとまたまた可愛くない私が顔を覗かせる。
素直に甘えられない、可愛くない私。
お店から一歩外に出て浴衣をクンクンと嗅いだ途端に真っ青になる。
忘れてた……、ホルモンそば美味しいけど、服が芳しい香りでいっぱいになるんだ。