あなたと出逢わなければ 【第一楽章のみ完結】
アパートの駐車場に車をとめて、そのまま歩いて用事もないのに
レンタルショップの方へと歩いていく。
レンタルショップの手前には本が並んでいる。
書店の入り口で、車の雑誌を手に取ってボーっと眺めてページをめくるものの
ただ開いているだけで、内容なんて入ってこない。
レンタル側へと移動すると、弟の歌う声がBGMで聞こえて逃げるように店から出た。
こんなにも波風が立ちすぎる、弱い俺自身。
スーパーでお酒でも買って帰るか。
そう思って歩き出した頃、スーパーの方から歩いてくる楓文ちゃんの姿を捕えた。
会いたくなかったと言えば嘘になる。
だけど……こんなボロボロの俺自身を彼女に曝け出すことは躊躇われた。
「先生、久しぶり」
でも彼女はそんなのおかまいなしで、俺に近づいてきて
何時もみたいに気軽に話かけてくる。
「楓文ちゃん、今帰り?」
「今、エチュードで練習終わって、
気になってるCD借りに」
「っていうか、先生今日かなり疲れてる?」
「そんなことないよ」
「それって嘘でしょ。
そんなことないって顔してないもん。
嘘ついたらダメなんだよ。
しんどい時は、別にしんどいって素直にいったらいいじゃん」
そう言いながら楓文ちゃんは、俺を気遣うように背伸びして掌をおでこへと伸ばしてくる。
「大丈夫。熱はないよ。
ちょっと疲れただけ。
けど……楓文ちゃんが時間大丈夫なら、今からそこでお茶しない?
お酒買いにスーパー行こうかとも思ったけど、
楓文ちゃんにあったら、一緒に居る方が眠れそうかも」
俺自身も驚くくらいに自然に、零れ落ちた弱音。
だけど楓文ちゃんは、聴き漏らすことなく受け入れてくれて
「すぐに帰るから」っとお店の中に走ってはいると、五分もたたないうちにレンタルバッグを下げて
俺の方へと駆けつけてきた。
そのまま同じ敷地内の珈琲屋さんに入ると、
彼女はお腹すいたーっと、カルボナーラとワッフルを注文した。
その向かい側で、珈琲を飲みながらパスタを美味しそうに食べる彼女を見つめる。
その日は、お互い本当に他愛のない会話ばかりをしながら時間を過ごした。
彼女を知るたびに、惹かれていく俺を強く感じる。
彼女だったら……真実を話しても受け止めてくれるだろうか?
弟を通しての俺じゃなくて、ありのままの俺自身と向き合ってくれるだろうか?
不安と期待が交互に入り乱れる感情を、
何とか奮い立たして帰り間際、三日後の彼女のスケジュールを聞く。
三日後のその日は、孝輝の命日だから。
ファンの彼女は……仕事を休みにしているかもしれない。
そんな計算と望みをかけて。
「楓文ちゃん、三日後の八月十二日って空いてる?」
急に誘った俺に、彼女ははっとしたような顔を浮かべて小さく頷いた。
「良かった……休みで。
俺もその日は大切な日で、休み貰ったんだ。
その日、付き合ってよ。俺に。
朝、楓文ちゃんの自宅まで迎えに行くから」
みなとまつりの時に、彼女の家の前まで思いがけず言ったから、
家の場所はわかってる。
「じゃあ、三日後。
先生も今日はゆっくり休んでくださいね。
ご馳走さまでした。おやすみなさい」
そう言うと、彼女は愛車に乗って鳥羽へと帰っていった。
さっきまで、ザワツイテいた心は何時の間にか落ち着いて、
俺はお酒を購入せずにアパートへと戻り、そのままベッドに倒れ込んで眠りについた。