あなたと出逢わなければ 【第一楽章のみ完結】
「お疲れ様ー」
尚さんがスタジオから出てきた私たちに声をかけると、
私たちも一斉にお辞儀をする。
スタジオ内には、今も個人練習に来てる生徒さんたちがチラチラと姿を見せる。
私たちとは入れ違いに、空いたばかりのAスタジオには次のバンドの子たちが五人ほど入って
扉は内側からガチャリと閉ざされた。
「ホント、も歩乙衣も碧夕も今日はごめん。
上手く歌えなくて」
「っていうか、何かあったんでしょ。
とりあえず、ご飯食べながら聞きましょ。
楓文の歌えない理由をさ。
アンタって昔から、メンタル反映されすぎるからさ」
「そうと決まったら、何にしよう。
やっぱ、夜だしあっさりと鶏だよね。ここから近いしさ」
そう言って歩乙衣はスマホを取り出して、
23号線沿いの鶏焼き屋さんへと電話をする。
そして即座にVサイン。
「んじゃ、今すぐ行きますので3名宜しくお願いします」
そう言い終えて電話を切ると、歩乙衣と碧夕は私の車の方へと歩いていく。
歩乙衣と碧夕は電車と自転車、スクーター組。
そして、こうして練習の後に食べに行くことが多いバンド絡みの時は
電車か徒歩とかの移動で、帰りは私が乗せていくのが当然になってた。
「んじゃ、行きますか」
助手席には歩乙衣が乗り込んで、碧夕は運転席と助手席の間から体を乗り出すように
会話に入ってくる。
私の車がお父さんから譲り受けたハイエースなのは、
この手の車だと、バンドの機材車としても使うことが出来るからっと言うのが大きな理由だった。
学生時代はバンドのLIVEのたびに、お父さんか、尚さんに車を出して貰ってた。
だけど免許を取った今なら、大きな車さえあれば自分で運転して出掛けることが出来るから。
車内に響くのは、お気に入りの曲から、友達のバンドの子たちが発売したアルバム曲。
歴代の対バン相手のサウンド、そして最後は……UNAのバンド。
「うわぁ、久しぶりに聞いたよ。
UNAの声。
楓文、UNAの声聴けるようになったんだ。
暫く聴けないって言ってたのに」
「うん。
UNAの声聴いたら、ずっと悲しくて涙が溢れすぎて
暫く聴けなかったんだけどさ、この間夢にUNAが出てきてくれたんだ。
UNA『俺の曲聴いて笑顔見せてよ』ってさ、囁いたんだ。
もうかなり病気的だけど、でもUNAが待っててくれたみたいな気がしてさ。
それで通勤しながら車内で流したら、泣かずに運転出来た。
車運転してるから、感情が分散してるって言うのもあるのかもしれないけどね。
でも車の中だと聞きながら運転できるのことがわかったから」
「なるほどねー」
UNAのことを熱く語っても、受け止めてくれるのは祥永とこの二人。
だけど……もう、祥永とはそんな関係ではいられないのかな?
UNAに会いに、二人で名古屋や大阪まで出掛けてはLIVEのラストまで居て
途中までしか電車で帰れなくて、お父さんに電話して車で迎えに来て貰ってた。
それはUNAが遠くに行ってしまったあの日も……。
「楓文、あそこ空いてるよ」
碧夕の言葉に指定された場所に、
車を駐車すると私は陰りかけた心を払しょくするようにブルブルと首を振って
両手で握りしめて、それぞれの手で掌を抓って刺激する。
車を降りて鍵を閉めると、歩乙衣と碧夕を追いかけるように店内に入った。
「いらっしゃいませ」
店内は今日も凄く賑わってた。
「予約した天白です」
「お待ちしておりました。
テーブルにご案内します」
案内されたテーブルには、タンバリンが一つ。
予約する際に各テーブルに設置された楽器を鳴らしてスタッフを呼び寄せる店内。
メニュー表を見て注文商品を決めると、碧夕がタンバリンを手に取って、
チリチリと鳴らし始めた。
「お待たせしました。ご注文をお伺いします」
オーダーに来たスタッフに、次から次へとメニューを注文して
歩乙衣と碧夕にはアルコールを進めて、ドライブキーパーの特典の黒烏龍茶を注文する。
乾杯をした後、晩御飯の席で私たちはそれぞれの自分たちのプライベートの会話を吐き出していく。
そして例の如く、二人に誘導尋問のように問い詰められた私は清香から聞いた、祥永の一件についても
洗いざらい吐き出すこととなった。