あなたと出逢わなければ 【第一楽章のみ完結】

「大丈夫。熱はないよ。
 ちょっと疲れただけ。

 けど……楓文ちゃんが時間大丈夫なら、今からそこでお茶しない?
 お酒買いにスーパー行こうかとも思ったけど、
 楓文ちゃんにあったら、一緒に居る方が眠れそうかも」


戸惑いながらも、先生は優しく私の手をとると
弱音ともとれる言葉を紡いだ。


その瞬間、何か辛いことがあったのかもしれない。
そんな風に思った。


「すぐ帰るから」

慌てて先生に声をかけると店内に入って、
新譜コーナーに並んである気になってたCDを一枚掴み取ってレジへと急いで会計を済ませると
そのまま先生の元へと駆け寄った。

そのまま先生と向かったのは同じ敷地内にある、珈琲屋さん。


お昼ご飯もおにぎり一つで終わって、さっきまで練習しててお腹がペコペコだった私は
カルボナーラとワッフルを注文する。

先生は珈琲を注文して時折、思いつめたような顔をしながら口元へカップを運んでた。

先生を元気にしたくて、私は他愛のない仕事の話とか、
歩乙衣や碧夕との話、バンドの練習の話を一方的に続ける。

先生は相槌を打ちながら聞いてくれて、
ほんの一瞬、いつもの笑顔を取り戻してくれた。

その顔を弾き出せた自分自身に、内心ガッツポーズ。
こうやって、先生の支えに自分がなることが出来たらいいのに。

そうやって望んでもいいのかな。

そんな一途の望みを掴んだ時、先生が別れる間際に私に話かけた。


「楓文ちゃん、三日後の八月十二日って空いてる?」


八月十二日。

その日は、お休みを取るはずだったけど……たまたま公暇で、
元々からのお休みの日。

だけど……その日はUNAの命日。

そんなことを考えながら、小さく頷く。

「良かった……休みで。
 俺もその日は大切な日で、休み貰ったんだ。

 その日、付き合ってよ。俺に。
 朝、楓文ちゃんの自宅まで迎えに行くから。

「じゃあ、三日後。
 先生も今日はゆっくり休んでくださいね。

 ご馳走さまでした。おやすみなさい」


先生の言葉は突然で、その日はUNAの命日で…
先生の名前は垂髪孝悠。

UNAそっくりの容姿と、UNAに似た声を持つ人。

何となく、先生とUNAを繋げるパンドラの箱が開く気配を感じながら
私は先生と別れて、自宅へと車を走らせた。


約束の前日、20時頃に先生からのLINEで9時頃に迎えに来ることが記されていた。


先生と会える嬉しさと、パンドラの箱が開く怖さを感じながら
朝を迎えると私は、出掛ける準備をして迎えを待った。


迎えに来てくれた先生の車はベンツ。

恐る恐る、会社の助手席に乗り込む私に先生は
「どうぞ」っと招き入れてくれた。


「先生、ベンツ乗ってたんですね」

びっくりしたように告げると、先生は車を走らせながら
『お父さんの車』なのだと教えてくれた。


先生の車は、今日は帰ってきてる妹さんが使っているのだと。


先生が運転してる車が何なのかはまだわからないけど、
それでもこの車が先生の愛車じゃないのを知って少しホッとしてる私もいる。

高校を卒業したばかりの私と、医大を卒業して研修を終えて帰ってきた先生だと
ただでさえ、年の差が離れすぎて、幾ら背伸びを頑張っても追いつけない気がして。

私の愛車は、理にかなった車とはいえお父さんに譲って貰った車。
見た目が釣り合ってない錯覚に捕らわれてしまうから。


車内では洋楽がなってて、無意識のうちに私は演奏される音を拾って、
指先でギターの音を拾ってはエアギターよろしく空中で弦を弾く仕草をする。

無意識のうちにやってしまう、ギターを始めた頃からの癖をしても
先生は笑うことなく「すぐに音拾えるの?曲聴いたら」っと別の意味で問いかけてくる。


そんな会話をしながら辿り着いた場所はお寺の駐車場。

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