あなたと出逢わなければ 【第一楽章のみ完結】



暫くして、さっぱりした顔をした先生が運転席に戻ってくると
車は私たちの地元に向かって、高速道路を再び走り始めた。


津がすぎて、松阪を越えて伊勢が近づいてくるたびに、
もうすぐこの時間も終わっちゃうのかもしれないと、寂しさを感じる私がそこにいる。




ちゃんと伝えなきゃ。
先生の気持ちを確かめたい。





そんなことを思いながらも、私は必死にどうやったらこの後の時間をもう少し
先生と繋ぎとめられるのかを必死に考えていた。


だけど車は無情にも伊勢のインターを降りて、高速道路は終わってしまう。

このまま有料道路を通って、鳥羽まで帰ってしまうんだと肩を落としたとき、
車は鳥羽方面じゃなくて、別の方向へと向きをかえる。





「楓文ちゃん、少し家に連絡して許可を貰って欲しいんだけど」



そう言って先生は、私に話かける。

言われるままに自宅の番号を表示させて、
電話をかけると、すぐにお父さんの声が聞こえた。



「お父さんが出たけど」



そう言うと先生は、俺の耳にスマホをあてて欲しいと手で合図をする。

言われるままに自分のスマホを先生の耳にあてると、
先生はこの後、私を食事に誘いたいのだと告げてくれた。



先生は大人で、私はまだ未成年。

年の差を考慮した、大人的ファインプレイとでも言おうか……
正攻法で両親の信頼も失わないように行動してくれる。



「それでは、食事が終わりましたら、
 自宅まで送り届けますのです、今しばらく楓文ちゃんお借りします」


っとそう言うと先生は、OKっと合図をしてくれた。
そのままスマホを鞄に放り込むと車は藤里の中を走りだした。



見慣れた道路沿いの一度も入ったことがないお店へと
車は吸い込まれていく。


建物の裏側にある駐車場へと、ベンツを停めると
助手席側にまわってドアを開け、立ち上がるエスコートをしてくれる。



「来たことあるかな」


そう言いながら建物中に近づいていく先生を追いかけながら、
フルフルと首を横にふった。




「いらっしゃいませ」

「予約している垂髪です」



予約?


先生は従業員に声をかけると、
そのまま誘導されて奥の部屋へと歩いていく。


私も追いかけるように入室した店内は、シャンデリアが天井から輝き左を覗くと
大きな円卓が見えた。


店内には食事を楽しむ、家族やカップルたち。

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