あなたと出逢わなければ 【第一楽章のみ完結】
最後の飲み物を終えて、ゆっくりと席を立った先生はレジへと近づいてく会計を済ませる。
福沢さんが飛んでる……。
レジが表示している金額に、思わず気絶しそうになりながら
そんな金額を奢って貰うわけには……っと僅かでも返そうと、財布を取り出すものの
先生はゆっくりとそれを制した。
「今日は俺のおごり。
こんな時は、ご馳走さまでしたっでいんだよ」
そう言ってポケットから鍵を取り出すと、
指先で器用にクルクルとまわして車に近づくと、
そのまま鍵を開けて車内へと乗り込んだ。
悲しさから始まった一日。
だけどその日は、とても充実した一日で
真実を知ることが出来たからこそ、踏み出すことが出来る
そんな大きな一歩を感じ取れた気がした。
中華料理屋さんから、鳥羽の自宅に送って貰うまでも
孝悠さんと、いろんな話をした。
好きなアーティストのこと。
学生時代はどんなことをしてたのかっとか……。
本当に他愛ないしょうもない質問をしては、
少しずつ先生のことを知って、嬉しくなっていく自分を感じてた。
楽しい時間は、本当に過ぎて行くのが早くて
自宅前に車を停めた先生は、自ら運転席を降りて
私が助手席から降りたタイミングで、一緒に玄関へと歩いていく。
チャイムを鳴らして玄関のドアを開けて、
「ただいま」っと声をかけると、リビングから両親が顔を出す。
「今日は一日、お嬢さんをお借りしてすいませんでした」
そう言って先生は、うちの親に丁寧にお辞儀をする。
「いいえっ。
うちの子、楓文で良かったらまた誘ってやってください。
本当に手のかかる子だったでしょ。
甘やかしてばかりだから、我儘な何も出来ない子で……」
って、母さん今そこでこんな話する?
お父さんも、そこに突っ立ってるだけじゃなくて何か言い返しなさいよ。
可愛い娘のいいところをいって、フォローしなさいよ。
っと無言の攻撃を眼で仕掛ける。
「楓文さんは、本当にお優しい素敵なお嬢さんですよ。
お父様とお母様が、凄く大切に育ててこられたんだなって
今日一日過ごさせて頂いて思いました」
先生のそんな言葉に一気に嬉しくなって機嫌を良くする
単純な私。
そしてお父さんもお母さんも、嬉しそうに微笑んでる。
「先生、良かったらお茶していきません?」
母が思いついたように先生に声をかけるものの、
先生は「もう、夜も遅いので」っとやんわりと母さんの申し出を断って
お辞儀をした。
お別れの時間。
玄関から車へと乗り込んだ先生を見送るように、
私たち家族は並ぶ。
窓を開けてゆっくりとお辞儀をすると、先生はゆっくりと車を走らせた。
先生と過ごしたベンツのテールランプが見えなくなるまで、
見送り続けて私も家の中に入る。
「良かったわね。
楽しかったみたいで。
楓文がそんなに楽しそうに過ごしてる久しぶりに見たわ。
母さん、安心した。
ほらっ、荷物置いてお風呂入っちゃいなさい」
母さんはそう告げて、キッチンの方へと姿を消す。
荷物を持って二階の自室へと入ると、荷物を放り投げてベッドへとダイブ。
そのままズルズルと這って、転がした鞄の中からスマホを取り出す。
言えなかった私の想い。
好きだって……伝えられなかった思い。
だけど今日と言う日が終わる前に文字でもいいから伝えておきたくて、
感謝の言葉と共に先生のことが好きなのだと、
LINEにメッセージをのせて送信した。
先生はまだ運転中。
暫くスマホを握りしめたまま、今日の出来事を思い返しては
ベッドの上でジタバタと体を動かす。
そのまま体を起こしてお風呂へ直行。
メイクを落として、湯船にどっぷりと浸かって正面の鏡を見つめる。
そして鏡の前でも、デートを思いだしながら百面相を繰り返した。
お風呂からあがって、タオルで髪を乾かしながら部屋に戻ると
スマホのイルミネーションがチカチカと点滅してた。
慌ててスマホを手に取ってロックを解除する。