意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)
「俺と恋人同士になったってからかわれたくなかったら、良い方法があるけど」
「良い方法?」
なんだろうと首を傾げる私に、「専務から書類もらってこなかった?」と木島に問いかけられた。
確かに専務から預かってきてはいるが、今それが必要だというのか。
肩にかけてあったトートバックから、茶封筒を取り出して木島に手渡した。
彼はそれを受け取ると、おもむろに中身を取り出し、私に差し出してきた。
「え……?」
中から出てきたのは婚姻届。初めて見た、と興奮気味で見つめたのだが。さて、どうして茶封筒の中からこんな書類が出てくるのか。
「え?」
目の前の木島が真っ赤な顔をして私を見つめている。情熱的な瞳で私を見つめていて、それだけで私はのぼせ上がってしまいそうになる。
真剣な眼差しの彼から目が離せないでいると、突如として木島は宣言をした。
「俺と結婚してください」
「は……? えっと……え?」
どこでどうなってそうなった。今、やっと両思いになったとお互いが確信したばかりである。
展開が早すぎな気がしてならない。
呆気にとられている私に、木島は婚姻届を私に差し出してきた。
「籍を入れてしまえば、からかわれたって恥ずかしくないだろう?」
「何考えているのよ!? もっとからかわれること必至でしょう?」
「いいじゃないか、木島麻友。なかなかシックリくると思わないか」
「ちょっと! 話が噛み合っていない気がするんだけど」
私は今まで仕事一筋だった。恋だの愛だのとは無関係に生きてきた。
そのことは目の前の木島だって知っているはずである。
木島に訴えると、意味ありげなほほ笑みを浮かべた。
「今これにサインしなかったとしても、いずれ結婚することになるんだから。今サインしても変わらないと思うけど」
「な!」
なんだかとんでもない方向へと向かっていないだろうか。
私はこの男を追いかけてきたことに、後悔をし始めた。
このままでは、この男に掴まってしまう。そんな危機感さえも感じた。
これは早めに逃げた方がいいんじゃないだろうか。及び腰の私に、木島は本性を現したようにフッと色気ダダ漏れで笑った。
「一応初心者コースで進んであげるけど、ペースは速いから。キチンと着いてくるようにね。仕事のできる菊池女史」
「……」
「まずは第一ステップだ」
木島はそう告げると、私の顎を掴み、噛みつくようにキスをした。
強引な展開に、強引なキス。理不尽なことだらけなのに、イヤな気がしないどころか、どこか嬉しい気持ちが勝ってしまった。
木島健人という男に敗北を認めた瞬間だった。
出会いは私のお節介。デートらしきものは牛丼屋でのディナー。
そんな恋愛の始まりがあってもいいのかもしれない。
どこか滑稽で、普通にはなさそうなレアな始まり。そんなところも変人と誉れ高い私にはピッタリだろう。
これからのことは木島に色々教えてもらえば良い。仕事のやり方を一つ一つ習得したように、恋愛も……。
「木島さん、初心者なんだから。お手柔らかに頼むわよ」
驚いたように目を見張る彼だったが、「了解、菊池女史」そう呟くと、彼の唇は、再び私の唇に触れた。