意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)
24 幻聴か、幻想か
「麻友」
ああ、ついには幻聴が聞こえるようになったのか。
木島に会いたいからって、さすがにここまできてしまったのかと思わず苦笑する。
幻聴が聞こえたのは、今夜木島から電話があるからって舞い上がっていたせいかもしれない。
パソコンのディスプレイを見る。定時を十五分過ぎてしまっていた。だが、これぐらいなら許容範囲だろう。
いそいそとパソコンをシャットダウンして、デスクの上を片付ける。
この頃の私は以前には考えられないほど仕事に対しての姿勢が変わったように思う。
今までなら仕事は課の皆が帰ってからもやっていたし、休日出勤だって当たり前だった。
もちろん仕事に対する情熱もやる気も変わっていないし、仕事量だって変わってはいない。
ただ変わったことといえば、自分一人で背負い込むことが少なくなったことだろうか。
後輩や部下たちに任せることができるものは任せるというスタイルに変えた。
これは木島の助言でもある。
前に、どうして私が課長職に就けなかったのかという話をしたことがあった。
課長の座が空き、次は私があの椅子に座るんだ。そう思っていた矢先、現営業事業部課長である藤沢が海外事業部から突然やってきて奪っていったのだ。
そのことに怒りも覚えたが、内心悔しくて悔しくてどうにかなってしまいそうだった。
営業事業部で長年貢献していたのは、この私、菊池麻友だ。
誰の目から見ても、次の課長は菊池だと思われていたはず。それなのに、何故……。
その思いはずっと抱いていたのだが、木島のひと言で目が覚めた。
「それは君が一人で頑張り過ぎだからだ」
仕事だから頑張るのは当たり前だと主張する私に、木島は首を横に振る。
「上に立つなら、自分の仕事以外にも目を向けなくてはダメ。人の配置、仕事の割り振り、その他諸々……それらをキチンと把握して、実行できる。そういう人間じゃないと上には立てない。周りも迷惑だから」
ガツンと殴られた感じだった。ハッとして目を見開けば、木島はあの優しい笑みを浮かべていた。
「君に足りなかったものは、そこだよ。人に頼る。信頼する。大事なことを忘れていたんじゃないか」
木島の言うとおりだった。今までの人生、誰かに心底信頼し頼ったことがあっただろうか。
そこが足りなかったのか、と素直に反省する私を見て、木島はハハッと声を上げて笑った。
「それと、君の上司は策士だし腹黒だから。立ち向かうのは至難の業かもな」
そう言って笑う木島はとてもとてもキレイだった。
男の人にキレイだなんて形容はおかしいかもしれないが、本当にキレイだったのだから仕方がない。
(ああ、思い出に浸ってしまったわ)
とにかく木島と出会ってからは柄でもないことばかりをしたり、考えたりしてしまう。
両思いになった今は、それに拍車がかかったようにも感じる。これは相当重傷だ。
木島のアドバイスどおり、部下たちに仕事を振ったり、頼んだりしていくうちに今まで以上に効率がよくなった。
仕事の内容もより良いモノに変化していく。人間関係も円滑に進み、とても充実している。そう感じている。
木島のアドバイスのおかげだが、本人に改めてお礼を言うのは気恥ずかしい。
可愛くほほ笑んで、「ありがとう」と言えたらとも思うが、残念ながらキャラが違いすぎる。
「感謝の言葉って、なかなか言えないものねぇ」
「誰に感謝の気持ちを伝えるつもりなんだ?」
一瞬、心臓がドクンと大きく高鳴った。
先ほど私の名前を呼ぶ声が聞こえたが、幻聴だと思っていた。
私が会いたいと願いすぎて聞こえたのだとばかり思っていたが……。
だけど今、私の背後で木島の声がした。間違いないはずだ。
恐る恐る振り返ると、そこにはいつもどおり穏やかな笑みを浮かべた木島が立ってた。
ああ、ついには幻聴が聞こえるようになったのか。
木島に会いたいからって、さすがにここまできてしまったのかと思わず苦笑する。
幻聴が聞こえたのは、今夜木島から電話があるからって舞い上がっていたせいかもしれない。
パソコンのディスプレイを見る。定時を十五分過ぎてしまっていた。だが、これぐらいなら許容範囲だろう。
いそいそとパソコンをシャットダウンして、デスクの上を片付ける。
この頃の私は以前には考えられないほど仕事に対しての姿勢が変わったように思う。
今までなら仕事は課の皆が帰ってからもやっていたし、休日出勤だって当たり前だった。
もちろん仕事に対する情熱もやる気も変わっていないし、仕事量だって変わってはいない。
ただ変わったことといえば、自分一人で背負い込むことが少なくなったことだろうか。
後輩や部下たちに任せることができるものは任せるというスタイルに変えた。
これは木島の助言でもある。
前に、どうして私が課長職に就けなかったのかという話をしたことがあった。
課長の座が空き、次は私があの椅子に座るんだ。そう思っていた矢先、現営業事業部課長である藤沢が海外事業部から突然やってきて奪っていったのだ。
そのことに怒りも覚えたが、内心悔しくて悔しくてどうにかなってしまいそうだった。
営業事業部で長年貢献していたのは、この私、菊池麻友だ。
誰の目から見ても、次の課長は菊池だと思われていたはず。それなのに、何故……。
その思いはずっと抱いていたのだが、木島のひと言で目が覚めた。
「それは君が一人で頑張り過ぎだからだ」
仕事だから頑張るのは当たり前だと主張する私に、木島は首を横に振る。
「上に立つなら、自分の仕事以外にも目を向けなくてはダメ。人の配置、仕事の割り振り、その他諸々……それらをキチンと把握して、実行できる。そういう人間じゃないと上には立てない。周りも迷惑だから」
ガツンと殴られた感じだった。ハッとして目を見開けば、木島はあの優しい笑みを浮かべていた。
「君に足りなかったものは、そこだよ。人に頼る。信頼する。大事なことを忘れていたんじゃないか」
木島の言うとおりだった。今までの人生、誰かに心底信頼し頼ったことがあっただろうか。
そこが足りなかったのか、と素直に反省する私を見て、木島はハハッと声を上げて笑った。
「それと、君の上司は策士だし腹黒だから。立ち向かうのは至難の業かもな」
そう言って笑う木島はとてもとてもキレイだった。
男の人にキレイだなんて形容はおかしいかもしれないが、本当にキレイだったのだから仕方がない。
(ああ、思い出に浸ってしまったわ)
とにかく木島と出会ってからは柄でもないことばかりをしたり、考えたりしてしまう。
両思いになった今は、それに拍車がかかったようにも感じる。これは相当重傷だ。
木島のアドバイスどおり、部下たちに仕事を振ったり、頼んだりしていくうちに今まで以上に効率がよくなった。
仕事の内容もより良いモノに変化していく。人間関係も円滑に進み、とても充実している。そう感じている。
木島のアドバイスのおかげだが、本人に改めてお礼を言うのは気恥ずかしい。
可愛くほほ笑んで、「ありがとう」と言えたらとも思うが、残念ながらキャラが違いすぎる。
「感謝の言葉って、なかなか言えないものねぇ」
「誰に感謝の気持ちを伝えるつもりなんだ?」
一瞬、心臓がドクンと大きく高鳴った。
先ほど私の名前を呼ぶ声が聞こえたが、幻聴だと思っていた。
私が会いたいと願いすぎて聞こえたのだとばかり思っていたが……。
だけど今、私の背後で木島の声がした。間違いないはずだ。
恐る恐る振り返ると、そこにはいつもどおり穏やかな笑みを浮かべた木島が立ってた。