意地悪上司に求愛されています。（原題 レア系女史の恋愛図鑑）

25 大きな岐路

「ねぇ、木島さん。どういうことなの？」
「どういうことって？」
　木島は私の手を握ったかと思うと、そのままいつものように恋人繋ぎをした。
　そして、まだ社員がたくさんいるロビーを恥ずかしげもなく闊歩していく。
　もちろん私も木島に着いていくしかない。
　ギュッと手を握りしめられていては、どうすることもできないじゃないか。
　木島に語りかけても私の方を振り向くこともなく、ただ前も見据えている。
　だから、私は彼の広い背中に向かって話すだけしかできない。
　聞きたいことは山ほどある。
　NYにいるはずの木島がどうしてここにいるのか。
　私の手を繋いで、どこに行こうとしているのか。
　日本に来る予定だったのなら、どうして前もって伝えてくれなかったのか。
　そして、一番気になっていることは先ほどの木島の発言だ。
　茅野さんとの会話で気になることを言っていた。
『じゃあ、主任は俺が連れて行っちゃって構わない？』
『どうぞ！　煮るなり焼くなりお好きにどうぞです～』
　茅野さんの言葉はいただけないが、ここまでは理解できる。
　仕事も終わったし、部下たちからの仕事に対しての質問がないとわかったから連れて行ってしまっていいかという会話である。
　そう、ここまでは特に問題はない。問題は次の会話だ。
『じゃあ茅野さんに聞くよ。君の大好きな菊池主任。日本から連れ出してもいいだろうか？』
　この発言の意図するところは一体何なんだろう。
　日本から連れ出すって、また前みたいに休暇を取ってNYに連れて行くと言いたいのだろうか。
　だけど、あの口ぶりではそんな軽いものには聞こえなかった。
「木島さんってば」
何度も名前を呼んでも振り向いてくれない。ただ、木島はまっすぐを見つめ、どこかに向かっていることだけは確かだ。
　どうしても振り向いてくれないのなら、私にだって考えがある。
　必殺技を繰り広げてやろうかしら、心の中でニンマリとほくそ笑む。
「健人さん」
「っ！」
　先ほどまでは急いでどこかに向かっていた木島だったが、やっと動きを止めてくれた。
　私はやっと止まった木島に安堵し、前に回り込んで彼の顔を見た。
　すると目を大きく見開き、ただただまっすぐを見つめ続けている。
　ここはまだ会社のロビーだ。就業時間が終わり、帰宅しようとする社員もたくさんいてごった返している。
　こんなところに突っ立っていては通行人の邪魔だ。
「ねぇ、ちょっと。木島さん」
　腕を掴んで揺すると、ハッとした顔をして木島は私を見下ろした。そして、凄く残念そうに眉を顰めた。
「麻友」
「なによ」
「どうしてまた木島に戻ってしまったんだ？　今、確かに俺の名前を呼んだだろう？」
「気のせいじゃないかしら？」
　すっとぼけると、木島は深くため息をついた。だが、ため息をつきたいのはこちらの方だ。
　とにかくここでは邪魔になる。
　私は木島の腕を掴み、そのまま会社の外へと出てきた。
「で？　木島さんは何をそんなに慌てていたのよ？　どこに行くつもりだったの」
「俺の部屋」
「木島さんの部屋？」
　まさかNYの部屋ということはないとは思うが……いや、木島氏ならやりかねない。
　先ほども茅野さんに「日本から連れ出して」うんぬんなどと言っていた人物だ。
　まさか、このままNY行きの飛行機に乗せられるなんてことはないだろうか。
　訝しげに彼を見上げると、木島は私の考えていることがわかったのだろう。
　フフッと楽しげに笑い声を零した。
「残念。さすがに今からNYには飛べないかな」
「でしょうね……そうだとは思ったけど、貴方時折突拍子もないことを言ったり、したりするからわからないもの」
「それは褒められている？」
「褒めているような、けなしているような？」