意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)
木島とのやりとりが楽しくて、思わずクスッと笑ってしまう。
そんな私を見て、木島は嬉しそうに目を細める。
そして再び指と指を絡ませ、手を繋いできた。
頬を真っ赤にして狼狽えていると、「こういう反応、新鮮で可愛い」と耳元で囁いてくる。
ここはまだ会社のすぐ目の前。見知った人が通るかもしれないから、そんな甘ったるいセリフは止めてほしい。
そう懇願したが、木島はフフッと軽やかに笑うだけ。
呆れかえっている私に、ようやくどこに行くつもりなのか教えてくれた。
「日本にも俺の居住スペースはある。結構頻繁に帰ってくるから、日本にいたときのマンションはそのままにしてあるんだ」
「なるほど」
それでようやく謎が解けた。いや、解けていないか。
私は木島に疑問をぶつける。
「ところで、なんで日本にいるの?」
「今さらだな」
「しょうがないじゃない! 質問させてくれる時間を与えられなかったんだから。メールにだって詳しいことは書いていなかったでしょう?」
「ん? 残業はするなとメールしておいただだろう?」
「いつもの”プライベートは大切にしろ”っていうお小言だと思ったわ」
私の反論を聞いて、楽しげに笑う木島。これは絶対に確信犯だ。
私を驚かせるためにわざと日本に戻ると前もって教えなかったのだろう。
そして『残業はするな』とはメールが来たが、詳細は記載されていなかった。
こうやって私が慌てる様子が見たくて木島が仕組んだのだ。全く人が悪いし、性格が悪い。
ツンとそっぽを向いて膨れていると、木島は繋いでいた手を引っ張ってきて腕の中へと導かれてしまった。
「ちょっと、木島さん。ここがどこだか!」
わかっているのか、と叱咤しようとしたのだが、キツく抱きしめられてしまい言葉を紡ぐことはできなかった。
ギュッと再びキツく抱きしめる木島は小声で囁いた。
「会社を辞める決意……麻友にある?」
言葉が出なかった。何を言い出したのだろうか、木島は。
呆然と彼の腕の中で固まる私を、木島はゆっくりと腕の力を抜いて解放した。
「木島……さん?」
「君から仕事を取り上げたら……俺は嫌われてしまうかな?」
弱々しく笑う木島を、ただただ見つめるだけしかできない。
仕事を辞める。沢コーポレーションを辞めるだなんて考えてもみなかった。
インドネシア工場での一件では首を覚悟はしたが、あれは仕事のミスが原因だった。
辞めたくて辞表を用意していたわけではない。
だが、よくよく考えれば木島と付き合っていくには、その辺りも考えなくてはならないだろう。
なんせプロポーズだってされているのだ。婚姻届まで用意している状況なのに、そこまで考えていなかった。
ガツンと頭を殴られたみたいに、何も考えていなかった私にしたら衝撃だった。
このまま木島と付き合うなら、日本とNYという距離を考えなくてはならないし、ましてや結婚の話が出ているとなれば、さすがに新婚早々離ればなれというのも考えものだ。
それに……私がもう、離れていたくない。
一人の男性と一緒にいたい、ずっと離れていたくない。そんなふうに思うようになるとは、一年前の私では想像もできなかったことだろう。
いや、私の人生において、そんな未来の選択肢はなかった。
しかし、今。それは現実に問題として私に降りかかっている。
結婚か、仕事か。大きな問題に揺れ動く女性は世の中にいっぱいいることだろう。
揺れる、これはとっても揺れる。考えても答えは出ない。
今の私では、答えを出すことはできないかもしれない。
仕事はもちろん続けたい。だけど、木島と一緒にいたい。
それに、私にはもう一つ大きな問題が残されている。そのことを木島はまだ知らない。
もし、あのことを話したら……木島はどう思うだろうか。離れていってしまわないだろうか。
不安ばかりが押し寄せてくる。
だが岐路に立った今、木島にはしっかりと話しておかなければならないだろう。
「木島さん、私……貴方にお話したいことがあるの」
「俺と別れるという話なら聞かないよ?」
「……それも含めて、色々とよ」
私は木島を見つめ、ギュッと彼の手を握った。
そんな私を見て、木島は嬉しそうに目を細める。
そして再び指と指を絡ませ、手を繋いできた。
頬を真っ赤にして狼狽えていると、「こういう反応、新鮮で可愛い」と耳元で囁いてくる。
ここはまだ会社のすぐ目の前。見知った人が通るかもしれないから、そんな甘ったるいセリフは止めてほしい。
そう懇願したが、木島はフフッと軽やかに笑うだけ。
呆れかえっている私に、ようやくどこに行くつもりなのか教えてくれた。
「日本にも俺の居住スペースはある。結構頻繁に帰ってくるから、日本にいたときのマンションはそのままにしてあるんだ」
「なるほど」
それでようやく謎が解けた。いや、解けていないか。
私は木島に疑問をぶつける。
「ところで、なんで日本にいるの?」
「今さらだな」
「しょうがないじゃない! 質問させてくれる時間を与えられなかったんだから。メールにだって詳しいことは書いていなかったでしょう?」
「ん? 残業はするなとメールしておいただだろう?」
「いつもの”プライベートは大切にしろ”っていうお小言だと思ったわ」
私の反論を聞いて、楽しげに笑う木島。これは絶対に確信犯だ。
私を驚かせるためにわざと日本に戻ると前もって教えなかったのだろう。
そして『残業はするな』とはメールが来たが、詳細は記載されていなかった。
こうやって私が慌てる様子が見たくて木島が仕組んだのだ。全く人が悪いし、性格が悪い。
ツンとそっぽを向いて膨れていると、木島は繋いでいた手を引っ張ってきて腕の中へと導かれてしまった。
「ちょっと、木島さん。ここがどこだか!」
わかっているのか、と叱咤しようとしたのだが、キツく抱きしめられてしまい言葉を紡ぐことはできなかった。
ギュッと再びキツく抱きしめる木島は小声で囁いた。
「会社を辞める決意……麻友にある?」
言葉が出なかった。何を言い出したのだろうか、木島は。
呆然と彼の腕の中で固まる私を、木島はゆっくりと腕の力を抜いて解放した。
「木島……さん?」
「君から仕事を取り上げたら……俺は嫌われてしまうかな?」
弱々しく笑う木島を、ただただ見つめるだけしかできない。
仕事を辞める。沢コーポレーションを辞めるだなんて考えてもみなかった。
インドネシア工場での一件では首を覚悟はしたが、あれは仕事のミスが原因だった。
辞めたくて辞表を用意していたわけではない。
だが、よくよく考えれば木島と付き合っていくには、その辺りも考えなくてはならないだろう。
なんせプロポーズだってされているのだ。婚姻届まで用意している状況なのに、そこまで考えていなかった。
ガツンと頭を殴られたみたいに、何も考えていなかった私にしたら衝撃だった。
このまま木島と付き合うなら、日本とNYという距離を考えなくてはならないし、ましてや結婚の話が出ているとなれば、さすがに新婚早々離ればなれというのも考えものだ。
それに……私がもう、離れていたくない。
一人の男性と一緒にいたい、ずっと離れていたくない。そんなふうに思うようになるとは、一年前の私では想像もできなかったことだろう。
いや、私の人生において、そんな未来の選択肢はなかった。
しかし、今。それは現実に問題として私に降りかかっている。
結婚か、仕事か。大きな問題に揺れ動く女性は世の中にいっぱいいることだろう。
揺れる、これはとっても揺れる。考えても答えは出ない。
今の私では、答えを出すことはできないかもしれない。
仕事はもちろん続けたい。だけど、木島と一緒にいたい。
それに、私にはもう一つ大きな問題が残されている。そのことを木島はまだ知らない。
もし、あのことを話したら……木島はどう思うだろうか。離れていってしまわないだろうか。
不安ばかりが押し寄せてくる。
だが岐路に立った今、木島にはしっかりと話しておかなければならないだろう。
「木島さん、私……貴方にお話したいことがあるの」
「俺と別れるという話なら聞かないよ?」
「……それも含めて、色々とよ」
私は木島を見つめ、ギュッと彼の手を握った。