意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)
「木島さん?」
 不安に感じた私は、彼を見上げる。すると、そこには無表情で立ちすくむ木島がいた。
「俺のことは好き。だけど、仕事は辞めたくない」
「っ」
 そんなところかな、と小さく木島は笑った。
 その通りだ。小さく頷く私を見て、木島は困ったように眉を下げた。
「じゃあ……俺のことが好きなら仕事を辞めて着いてこい」
「!」
「そう言ったら、麻友はどうするつもりだ?」
 言葉が出なかった。だけど、木島は私の答えを待っている。それも早急に聞きたいと思っているはずだ。
 グッと唇を噛みしめたあと、私は木島に問いかけた。
「じゃあ、反対に聞くわ。私のことが好きなら仕事辞めて日本にとどまりなさい」
「っ!」
「さぁ、海外事業部の課長さん? 貴方なら、どう返事するのかしら?」
 相変わらず可愛げというものが全くない。こんなこと言っていてはどん引きする男性はいっぱいいることだろう。
 木島だって目をまん丸にして驚いている。ああ、やってしまったかもしれない。
 ただ、私にも弁明の時間が欲しい。
 私は今、木島か仕事かと心が揺れている。そんなとき、他の人ならどんな返事をするのか。それを聞いてみたかっただけだ。
 だけど、やっぱりこのシーンで木島本人に聞くべき事案ではなかったのだろう。
 頭を抱えたくなった私だったが、クツクツという笑い声が聞こえた。
 驚いて木島を見上げれば、拳を口元に当てて堪えきれないといった様子で笑いを噛みしめている。
 呆気にとられたのは私の方だ。あんぐりと口を開けて彼を見つめていると、視線が絡み合った。
「さすがは菊池女史。まさか逆プロポーズを聞くことになるとは思わなかった」
「だ、だって! どうやって答えたらいいのかわからなかったから。参考意見を聞きたくて!」
 顔を真っ赤にして反論したが、木島は笑いを止めることができないようだ。
「それでも、普通言った本人に参考意見を聞くか? さすがは菊池麻友だな」
 これはけなされていると思っていいだろうか。
 ムッと口を尖らせた私に木島は笑いを止め、真剣な顔をして私の顔を覗き込んできた。
「な、なによ!」
「いや、やっぱり俺が好きになった女は一筋縄ではいかないってことを再確認していただけ」
「やっぱり私のこと馬鹿にしているわね?」
「馬鹿になんてしていない。心外だな」
 フッと力を抜いて笑う木島の笑みは、色気ダダ漏れで身体中が熱くなってしまった。
 木島は私の手首を掴むと、私をひっぱってリビングを出る。
 そして行き着いた先は、セミダブルベッドが鎮座する寝室だった。
「麻友、抱かせて」
「い、い、今なの?」
 まだ何も解決していない、このタイミングで求められるとは思わなかった。
 返事をしない私をそのままベッドに連れて行き、押し倒してきた。
「木島さんってば!」
「やっぱり麻友はいい」
「え?」
「君にはいつも驚かされてきたが、さっきのが一番の驚きだったかもしれないな」
 どういう意味だろう。首を傾げると、木島は目を細めた。
 その奥にある瞳は、情熱的でドキリと胸が高鳴った。
「麻友のその発想は俺にはなかった。君をどうやってNYに連れて行こうか、ずっと悩んでいた。まずは君のお父さんに許しを得て外堀固めて……そうしたら次はどうしよう。そう思っていた」
「木島さん」
「俺に麻友を諦めるという選択肢はない。となれば、麻友に仕事の未練を断ち切ってもらいNYに来てもらおう。それしかないと思っていた。だけど……」
 木島の大きな手が私の両頬を包み込む。覆い被されて、木島と私の唇はあと数センチで触れあう距離だ。
 ドキドキしすぎて心臓が口から飛び出しそう。
 以前はそんな言葉を聞いて「心臓が口から飛び出すわけないでしょう」とど真面目に言っていた私だが、訂正しよう。
 ドキドキしすぎて心臓が口を飛び出すかもしれない。
 木島さん、と名前を呼ぼうとしたが、彼の唇によって制止させられた。
「んん! ……っ」
 激しいキスが降り注ぐ。何度も私の唇を味わい、食み、少しのすき間を縫って彼の舌が進入してきた。
 ねっとりと熱く柔らかい舌は、私の何もかもを奪っていく。そんな感じがした。
「ありがとう、麻友。その方法があったんだ……気が付かなかったよ」
「え?」
 意味がわからず目を丸くさせる私に、木島は凜々しい表情で納得したように頷く。
「これで万事解決だ。だから―――― 」
「っ!」
 これは決定事項だと、木島は囁いた。
「麻友、君の全部を奪うから。心も体も……そして未来も」
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