意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)
5 昨日の敵は、今日の友
「菊池主任、お客様ですよ」
「お客様?」
営業たるもの、常にアポイントは欠かせない。
もちろん取引先会社の担当と会う約束をしたときには手帳に記すし、スマホのスケジュールにも入れておく。
そして会社のパソコンにはタスク管理もしてある。抜かりはないはずだ。
お客様がお見えになる。そんな大事な仕事を私が忘れるわけがない。
となれば、急なアポイントが入ったのか。
すぐ近くまできたので、と言って会社に来る取引先も多いのは事実だ。
それなら前もって受け付けから確認の電話が入るはず。
電話を見たが、受付から連絡はきていない。
もしかしたら誰かが電話を受け、勝手にお客様を通してほしいと受付に伝えてしまったのか。
「私、今日は誰ともアポイントを取っていないけれど。急な来客かしら?」
「うふふ、違いますよ~」
「違う?」
仕事の手を止め、今年入ったばかりの新人茅野さんに視線を向ける。
すると、彼女は夢見がちな雰囲気で扉の向こうを指差す。
彼女の視線の先を辿ってみると、そこには海外事業部課長、木島が笑顔で手を振っていた。
私は速攻視線を逸らし、背を向ける。
そしてすぐ傍で未だに夢見がちな表情を浮かべる茅野さんに苦言した。
「あのね、茅野さん。あれは客じゃない」
「お客様ですよ~。久しぶりに日本の地を踏んだそうですから」
「……」
確かにあの男が常にいる場所はNYである。顔を合わせたのは、ひと月前。牛丼屋で晩ご飯を食べて以来だろうか。
あのあと顔を出さないなぁと思っていたら、やっぱりNY支社に飛んでいたのか。
腑に落ちたところで茅野さんを窘める。