意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)
「そうじゃなくて。あの男に逆らうと、立場上やばくないかってこと」
「何? 心配してくれるんだ? お堅いキャリアウーマンの菊池さんが」
クツクツと楽しげに笑う木島を見て、私は思わず顔が熱くなった。
彼の心配をしているというのに、この態度はないだろう。
心配した気持ちを返せ。そう叫びたくなる。私は悔しくて悪態をついた。
「フン。いいけどね、別に。貴方が失脚すれば、私の出世だって幅が広がるってものだし」
嫌味を言ったつもりだった。
しかし、目の前の木島はなぜか嬉しそうに目を細めている。可愛らしくえくぼも作って。
こうして満面に笑う木島を見ると、自分と同じ年には見えない。
可愛いと後輩たちがはしゃいでいた気持ちが、少しだけわかった。
木島を見つめていると、彼はクスクスと笑いながら肩を竦めた。
「菊池さんが俺のことを心配してくれるから、もっと心配してもらおうかな」
「は……?」
意味がわからず菊池を見つめていると、彼は噴き出して田中が消えていったエレベーターを指差した。
「あれは嘘」
「嘘……?」
「さっき田中課長に言っただろう? 常務が呼んでいるって」
「は……?」
確かに木島は田中に言っていたはずだ。常務が呼んでいる、と。
まさか、それが嘘ということだろうか。
呆気にとられている私を見て、木島は再び声を上げて笑った。
「ますます田中さんに嫌われるかな?」
「あのね、木島さん」
脱力して木島を窘めようとすると、彼は目を見開いて驚いている。
どうしたのかと小首を傾げていると、木島は嬉しそうに私の腕を掴んだ。
「ちょ、ちょっと!!」
「やっと、だ」
「え?」
足取り軽く木島は私を外へと連れ出すと、空を見上げた。
彼の視線の先には、青く澄んだ青空。そこには飛行機が雲を描いていく。
白と青のコントラストの美しさ。それを私も一緒に眺めた。
グイッと腕を引っ張られ、ますます木島に近づいてしまう。
慌てて離れようとする私に、彼は小さく呟いた。
「俺の名前、やっと言ってくれた」
その声はとても優しくて、なぜか胸が締め付けられる気がした。
たぶん……気がしただけだ。