意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)
「さ、身柄拘束! 早くしないとスマホ水没させるわよ」
「!」
フム、と唸りながら考える。現在の時間は十八時ジャストだ。
チケットを取り出して開演時間などをチェックする。
クラシックコンサート開場は十八時。開演は十九時だ。
会場は会社から徒歩十分ほどの場所。それなら急いでご飯を食べれば開演までには間に合うだろう。
「さて、開演まで少しあるわね。ごはん食べましょ、ご・は・ん」
「……」
スマホはまだ私の手の中である。彼は私のいいなりだ。
疲れた表情を隠さず、木島は私のあとをついてくる。どうやら色んな意味で諦めたようだ。
短時間でご飯を食べることができる最適な場所。そこへ彼を招待することにした。
店の扉を開こうとする私に、やっと彼が声をかけてきた。
「菊池さん」
「なんでしょ? 海外事業部の課長さん」
「いや……俺の名前は木島と。そろそろ覚えてくれてもいいと思うのだが」
「不必要なことは覚えない主義なの」
「……」
「さ、入りましょ?」
「え!?」
彼の背中を無理矢理押し、店内に入る。そしてすぐさまスツールの椅子に腰をかけたあと、私は大声で店員に叫んだ。
「牛丼特盛2つ、汁ダク玉入りね。で、貴方は?」
「え……俺の分も頼んだんじゃ?」
今、間違いなく二つといったはずだよね、と呆気にとられた表情で私の顔を穴が開くほど見つめる彼に、フフンと得意げに笑った。