意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)
「自分の注文しか言ってないわよ? ほら、店員さんが待ってる! 早く注文する!!」
「あ、ああ。じゃあ牛丼大盛で」
「味噌汁は?」
「じゃ、味噌汁も」
彼がしどろもどろで注文したあと、私は味噌汁二つ! と店員に叫んだ。
牛丼特盛り二つ。汁ダク玉入り、味噌汁。私がこのお店に来るときに必ず頼むラインナップだ。
隣のスツールに座った彼は、まだ私の顔をまじまじと見ている。
それがわかったが、そしらぬ振りでお水を飲んだ。
待つこと数分。すぐに提供された牛丼たち。
「さて、食べましょう。早くしないとクラシックコンサートが始まってしまうわよ」
「菊池さん」
「なんでしょうか? 海外事業部課長さん」
「ですから、俺の名前は木島だ。そろそろ覚えてもいいでしょう? 仕事がデキると評判の菊池女史」
口元を引き攣らせながら彼は小言を言ったが、私は素知らぬ顔して割り箸を割る。
そして目の前にある牛丼特盛をひとつ完食させた。
すぐさまもうひとつ頼んでおいた牛丼にも手を伸ばす。
しかし、隣からクツクツという笑い声が聞こえた。そこでやっと手を止める。
横に座る海外事業部課長に視線を送ると、楽しくてしかたがない様子で笑っている。
失恋の痛手を受けたばかり。陽気に笑えるなんて結構なことだ。
しかし、少し前に提供された牛丼に手をつけていない。これはどういうことだ。
熱々をはふはふ言って食べるのが醍醐味の牛丼。
早い安い美味い。の牛丼なのに、箸をつけていないとはどういった了見か。
私は眉を顰め、隣に座る彼を睨み付けた。
「牛丼は早く食べてなんぼなの! さっさと食べて、次の人に席を譲るもの。さっさと食べる!!」
「はいはい」
彼は噴き出したあと、私のことを軽くあしらう。その様子にカチンときたが、私は牛丼を食べることに専念する。
ニヤニヤとどこか面白いオモチャが見つかったとばかりの海外事業部課長の姿に物申したいところだが、時間がない。
私は顎をしゃくり上げ、早く牛丼を食べろと彼に指示をする。
「なによ? 早く食べなさいよ」
「別に?」
先ほどまでしょぼくれていた人物とは思えないほど、ふてぶてしい態度である。
私はムッときて、視線を逸らした。