意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)
「菊池さん、聞きましたよ!」
「何を?」
これはどうも仕事のトラブルではなさそうだ。
書類をパラパラとめくりながら、茅野さんの話に耳を傾ける。だが、次の瞬間。私の手元から書類が床に落ちてしまった。
バサバサと音を立て散らばる書類。それを「あーあ、書類が落ちちゃいましたよ~」といつもどおり間延びした声で言う茅野さんだが、今はそれを注意する余裕もない。
「……茅野さん」
「は~い、なんですかぁ?」
ほら、書類をどうぞ。とニコニコと笑いながら、彼女は床に散らばってしまった書類を拾って渡してくれた。
それにお礼を言うのも忘れ、私は彼女に聞き返した。
「もう一度聞いてもいいかしら?」
頬の筋肉が引き攣っている。自分ではほほ笑んでいるつもりだが、周りからはどう見えていることか。
嘘であってほしい、そんな願いを込めながら茅野さんに聞いたが、やはり先ほど聞いた言葉で間違いではなかったようだ。
同じことを彼女は嬉々として教えてくれた。
「菊池さん、ご結婚されるんですってね!」
「……」
「いつ頃ですかぁ~?」
騒がしかった営業事業部が水を打ったように静かになった。
今、私の耳に聞こえるのはFAXの受信音のみだ。
誰もが顔色を変え、私を凝視してくる。それをヒシヒシと感じ、居心地が悪い。