意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)
「仕事人間の菊池さんが結婚するだなんて、季節外れの雪が降るか、槍が降るんじゃないかって。みんな言っていました」
「……」
「あとは、庶務部がどうのとかって……。なんて言ったかなぁ~? 私、他の部署の人の名前まで覚えていなくってぇ」
間違いない。田中のことだろう。
しかし、どうしてその噂が女子更衣室で蔓延していたのか。
考え込む私に、部の男性社員たちが口々に言い出した。
「そういえば、休憩室でも主任の話で持ちきりでしたよ? でもガセネタだと思って主任に聞かなかったんですけど」
「……」
「現時点で主任に言い寄っているのは、庶務部課長の田中さんと海外事業部の木島さん。その二人だから、どちらかじゃないかって話題にあがっていましたけどね」
で、どちらなんですか? と興味津々の表情で聞く部下たちを一喝した。
「そんなことはどうでもいいわ。ほら、手が疎かになっている。仕事しなさい!」
ピシャリと言うと、いつもならすぐに仕事に取りかかる部下たちは、誰もが心配そうに私の顔を見つめている。
たじろぐ私に、茅野さんが口を開く。
「菊池さんの結婚はおめでたいことですし、お祝いしたいです! だけど、仕事は辞めませんよね? 菊池さんがいない営業事業部なんて寂しすぎます」
「茅野さん……」
まさかそんなふうに思われていただなんて……私は、驚いて茅野さんを見つめるしかできない。