意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)

 すると、あちこちで部下たちが口々に「結婚は本当なんですか? 仕事辞めてしまうんですか?」と言い出した。
 思わず涙腺が緩んでしまいそうになったところに、営業事業部課長である藤沢がやってきた。

「菊池女史が寿退社するとは聞いていないぞ?」
「課長」
「菊池女史、その噂は本当なのか?」
「……」
「部の皆は、君のことを心配しているぞ?」

 藤沢は私をまっすぐと見つめてきた。本当のことを話せと言いたいのだろう。強い眼差しだ。
 私の周りに駆け寄ってきた部下たちを見る。心配そうに私を見つめる彼らを見て、思わず涙が滲んでしまった。

 沢コーポレーションを辞める事態になってしまったら、親が決めた相手との結婚が待っている。
 それを回避するために必死で仕事をしていた。

 だけど、そんな考えは月日が流れるたびに変わっていく。
 今では仕事が好きだ。仕事をしていない私なんて、自分でも想像がつかないほど。

 沢コーポレーションで働くこと以外、考えられない。
 そう思えるのは、周りの人間にも恵まれていたからだろう。

 目の前にいる営業事業部の面々がいたからこそ、今の私がある。そう断言でる。
 涙腺が緩んでいることを誤魔化すように鼻をならしたあと、私はいつものように手をパンパンと叩いた。

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