意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)

「嘘ならいい。と言いたいところだが……君の相手が庶務部の田中課長だというのがいただけないな」
「もっとも……ね」

 何と言っても『あの』田中である。通常仕様が勘違い人間なのだから、周りが苦労するというものだ。
 藤沢もそのことが言いたいのだろう。天井を仰ぎ、再びため息をついた。

「君が田中課長を蹴散らしたとして……それで円満に終わるとはとても思えない」
「同意見ね」

 どこまでも自分勝手な考えしか持ち合わせていない田中のことだ。
 私が「結婚なんてしない」とはねつけたところで、素直に「はい、そうですか」と諦めるとは考えにくい。

 田中一人だけで、ギャアギャア言っている分には何とかなるだろう。
 問題は、菊池家も田中との縁談に好意的だというところだ。全く厄介である。
 
「とにかく、だ。あの男は何をしでかすか予想ができない。月並みな言葉しか言えないが、とにかく気をつけるように」
「了解」

 小さく頷く私に、藤沢はニヤリとどこか楽しげに笑う。

「菊池女史」
「なんですか?」

 忙しいので失礼、と腰を上げる私に、藤沢は外を指差した。

 首を傾げ、藤沢が指差す外を見つめる。
 今日は快晴。雲一つなく、青く澄んでいる。だが、とくに変わった様子もない。

 どういうことかと思って藤沢を見ると、クスクスと笑い声を上げた。

「いざとなったら彼を頼ればいいんじゃないか?」
「彼?」
「そう。NYにいる木島氏だ」
「バカな」

 私はパイプ椅子を片付け、すぐさま藤沢に背を向けた。

「あの男に頼るようなヘマはしないつもりよ。忠告とアドバイスをありがとう」

 それだけ言って会議室をあとにしようとする私の耳に、藤沢の深いため息が聞こえたのだった。
 
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