意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)
お金の貸し借りはよくない。
金の切れ目が縁の切れ目、ではないが、バックグランドの威光などで人間関係は左右されるというのを嫌と言うほど見てきている。
こういうのはキレイに精算するにこしたことがない。
ツンと澄まして会計を済ますと、木島は困ったようにほほ笑んだ。
「相変わらず菊池女史は手厳しい」
「あら? 借りを返す。借りたお金はすぐに返して精算する。大事なことだわ」
「そういうところ好きだけど、少しは隙を見せてくれてもいいと思う」
もちろん俺の前だけで、そういって相変わらず爽やかな笑みを浮かべる木島に、思わずドキッとしてしまった。
好きだなんて、こんなふうに言われるとどうしていいのかわからなくなってしまう。
いやいや、好きという言葉には色々種類がある。男女の色恋以外にも好意を示す「好き」という意味合いをもったものもあるはずだ。
ここ最近、人の好意に触れてばかりで気持ちが落ち着かない。もちろん嫌な気持ちは全然しない。それどころか嬉しくなってしまう。
人との接触、特に会社関係者との接触は極力さけていたのに、この頃はそれも薄れてきているように感じる。
さっさと牛丼屋を出た私だったが、後ろにいた木島に突然腕を掴まれた。
そして強引に彼の腕の中に閉じ込められた。
「なっ……!!」
突然の出来事に頭が回らない。
ギュッと抱きしめられて、木島の体温を感じてしまう。
こんなふうに男性に抱きしめられたことなどない私にとって、この状態は心臓に悪い。
早くここから出なければ。そして、木島が突然私を抱きしめたのか。
その辺りのことを問い詰めなければならない。
抗議するために口を開いた私に、「シッ。しゃべらないで」と木島の固い声が聞こえた。
低く耳に響く声だった。だが、そこに甘さはない。ビクリと身体を硬直させる私に、彼は耳元で囁いた。
「少しの間。絶対に声を出さないこと。約束して」
木島の声には冗談やからかいなどの気持ちは含んでいない。
緊張したように、冷たく鋭い。何がこれからあるというのか。
私は彼の腕の中で小さく頷くと、口を閉じた。