意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)

「俺がそんなものに怯えるように見えるのか? 心外だな」
「心外もなにも。本当のことよ。悪いことは言わないわ、やめておいて。私は責任取れない」
「菊池さんに責任を取ってもらうつもりなんて微塵もないから安心して」
「安心してって……」

 安心できるわけがない。ちょっとした善意のつもりで私を助けたばっかりに、彼の人生を狂わしてしまったら……
 断固としてここは拒否をしなければならないだろう。そして、彼を説得しなければならない。

 説得を試みたが、それを木島は聞いてくれる素振りも見せない。

「とにかく、だ。君は俺の婚約者だ」
「ちょっと待て! 恋人っていう話じゃなかった?」
「そうだった?」
「ほんの数分前に言ったことを忘れるな!」
「なんでもいい。君の近くにいる男は俺だと宣言するから」

 だから、と大きくため息をついて木島を諭そうとしたが、彼の言葉にかき消されてしまう。

「菊池さんは会社に対して及び腰すぎだ。普段の君らしくもない」
「っ!」
「それほど会社にしがみつかなければならないという理由は、今度改めて聞くとして……。とりあえず、今は田中課長の策略から逃げるのが先決。それには君に婚約者がいたという設定が一番いいと思う」
「ちょっと待って! それはお断りするって言ったでしょう?」
「それは聞けない」

 私の言葉をすぐさま却下する木島に呆れかえっていると、彼は真摯な瞳を私に向けてきた。

「俺は菊池さんが何と言おうと君を守る気満々だし。田中課長に背く気満々だ」
「だからね……」

 何を言っても無駄なのかもしれない。私は肩を落とし、ため息をつく。
 どうして木島はそんなに私に構うのだろう。さっぱりわからない。

 そのことを目の前の男に話すと、爽やかな笑顔で返された。

「もちろん、菊池麻友のことが好きだから。理由は簡単だろ?」
「……」
「それに、君が俺のことを婚約者じゃないと言い切ったとしても……すでに遅いと思うけどね」
「はぁ?」

 木島の言う意味が全然わからない。怪訝に顔を歪める私に「あと二時間は付き合ってもらうよ」と再びとんでもないことを言い出す始末。
 反論する私に、木島は爽やかさとはかけ離れた不敵な笑みを浮かべた。

「田中課長に俺と菊池麻友が恋人だと思わせるためには、二時間は必要なんだよ?」
「だから、その意味が全然わからないって言っているでしょ?」

 そんなやりとりを木島とし続け、約束通り二時間後に解放された。
 だが、翌日に木島がどうして二時間もホテルに私を監禁したのか。その理由は明らかになったのだった。






 
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