意地悪上司に求愛されています。（原題 レア系女史の恋愛図鑑）

（とにかく、ここはしらを切るしかないのかしら……？）

　昨夜、ホテルの一室に半ば監禁されたあと、木島は私を解放してやるから一つ約束をしろと言い放ったのだ。

「きっと明日あたり田中課長からの批難が始まると思う。そのとき、こうして俺とホテルにいたことを否定しないように」

　最初に聞いたときは「とんでもない！」と抗議した。

　はっきりいって今回の件については、正々堂々と潔白を示したい。
　何も起こっていないし、木島とは恋人同士ではない。もちろん婚約者なんてものでもない。

　もし、密室に二人きりでいたことを認めれば、大変なことになるだろう。

　もちろん社内で噂は広がるだろうし、なにより厄介なのは田中が木島に対して恨み辛みを言い出すことである。
　言う分ならなんとかなるかもしれないが、左遷や最悪の場合退職などに追い込む可能性だってなきにしもあらずなのだ。

　そんな危ない橋を渡らせるわけにはいかない。木島は何も悪くない。それなのに私のためにとばっちりを受ける必要は全くない。

　昨夜、必死に木島を説得してみたのだが、反対に私が説得されてしまった。
　そして妖しげな笑みを浮かび、あの男は言い放った。

「俺と君の関係は婚約者同士だと田中課長に言わないつもりなら、この部屋から出すことはできない」
「だからね、木島さん！」

　猛抗議をしようと声を荒げた私を、木島は冷静な瞳で見つめ、静かに首を横に振った。

「約束しない限り、君をここから出すことはない。それにあまりに君が頑なな態度を取るようなら、俺にも考えがある」
「考えって……？」
「指一本触れないと約束したが、それを反故するかもしれない。それでも菊池女史は俺のことを婚約者だと言わないつもりなのか？」

　ジリジリとにじり寄る木島の目は真剣そのもので、我が身の危機を感じ取ったのは言うまでもない。

　わかった、言うとおりにする！　そう宣言をした私を見て、木島はニッコリと策士のような笑みを浮かべていた。

　あれは確信犯である。ああやって私に迫り、脅せば承諾するだろうと分かっての行動だったのだ。
　今さら愚痴を言っても仕方がないのかもしれないが、木島に一枚も二枚もやられた感が半端ない。

　もし、私がここで田中に身の潔白を訴えたとしたら……田中からの尋問はなくなるが、木島からの攻撃が恐ろしい。
　今から始まるであろう田中の尋問より、恐ろしいことになりそうである。

　それに『木島とは何の関係もない』と田中に宣言をしたとしよう。
　折角、私には恋人がいると勘違いした田中に、再び結婚話を振られてしまうこと必至である。

　それなら勘違いしてもらっておいた方がいいだろう。

　悔しいが木島の言うとおりである。これ以上、窮地を作りたくなければ、私と木島は恋人同士だと嘘をついてしまった方がいいのかもしれない。だけど……