意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)

(ああ、もう! どうしたらいいのかしら)

 木島の善意に甘えるべきか。それとも、田中には身の潔白を晴らし、あとは自分の力で結婚話を蹴散らすか。

 その二つの選択肢しかないのか、と頭を抱えながら常務室の扉を叩いた。
 中から「どうぞ」という声が聞こえる。声の感じからして、田中の父親である沢コーポレーションの常務が返事をしたのだろう。

 考えが纏まらないまま、私は常務室の扉を開いた。

「菊池です。失礼いたします」

 会釈をしたあと、私は扉を閉め、部屋の中へと足を踏み入れた。

 そこで見たのは、不機嫌きわまりないとばかりに顔を歪めている田中と、何を考えているのかわからない様子の常務がいた。

 人払いをしたのだろう。いつも常務の隣にいる秘書の姿が見えない。
 どうしたものかと、扉の前で立ち尽くしている私に、田中は近づいてきた。

「麻友ちゃん。昨夜、海外事業部の木島と一緒だったよね?」
「……」
「そのあと、ホテルに入っていったのを目撃したよ……あれは、嘘だよね。俺の見間違いだよね?」

 無言を突き通す私に、田中は怒りを露わにした。

 私の肩を掴み、田中は私の顔を覗き込んでくる。その途端、嫌悪感が込み上げ、私はその手を振り払おうとした。だが、田中の次の言葉で硬直してしまった。

「麻友ちゃん、俺はわかっているから」
「は?」
「あれは木島に無理矢理連れて行かれたんだろう? 麻友ちゃんは被害者だ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」

 話がなんだかとんでもない方向へと向かって行ってしまっている。

 勘違いばかりし、自己中心的な田中はいつも斜め上の考えを持っていることは知っている。
 だか、こんなふうに木島だけを田中が批難することになるとは。

 裏切り者だと私がまず罵倒されることを考えいたが、すべて木島のせいと考えるとは思ってもみなかった。
 慌ててその偏った考えを正そうとする私に、田中は鼻息荒く宣言をする。

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