意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)
「わかっているよ、麻友ちゃん。君はあの男に騙されていたんだ」
「ですから!」
違うと抗議するために口を挟んだが、田中は相変わらず私の言葉に耳を傾けようとしない。
「俺は大丈夫。君に何があったとしても愛が揺らぐことはない!」
安心して、と瞳を細めてほほ笑む田中。それを見て頭が痛くなった。
こんな事態になったとしても、田中という男はやっぱり勘違いな男である。
田中は今すぐにでも木島を呼び出し、叱咤する勢いだ。
それを見て、私の中で感情の『何か』が弾けた気がした。
「ちょっと! 黙っていれば言いたい放題。田中課長、少し黙っていてくれませんか!?」
「なっ!?」
初めて田中に楯を突いた瞬間だった。今までは仕事が遣りづらくなったり、首になったら困るということで黙っていたが、もう我慢の限界だった。
「田中課長、それは貴方の誤解です。そもそも私が貴方のことを好きだということも誤解なんですが。その辺り、田中課長はどうお考えなんでしょう?」
「っ!」
息を呑む田中を見て、私はもう止まらなかった。
田中としては、私は田中のことが好きなのに天邪鬼だから素直になれないと勝手に解釈をしていたことだろう。
それも今までこんなふうに田中本人に怒鳴り散らしたことなど一度もないし、拒否したこともない。
田中は私の変貌ぶりに驚きを隠せない様子である。
目を白黒させている田中に、指を差して忠告をした。
「今まで私は一度たりとも貴方のことが好きだと言ったことがありましたか?」
「そ、それは……だけど、麻友ちゃんは恥ずかしがり屋だから」
「それが間違っていると申し上げているのです。一応上司ですし、強く言えなかっただけですから」
「ま、麻友ちゃん?」
情けない表情をしている田中に、私は腰に手を当ててフンと鼻息荒く言う。
「私の実家、特に父と結婚について話を進めている様子でしたが、私は承諾しておりません。ですので、この結婚などの話は白紙でお願いいたします。実家の父が何か言ったとしても応じるつもりは一切ございません」
あしからず、と踵を返したあと、私は常務室を出るときに振り返り、田中に言い放った。
「あと、木島さんは無関係でございます。私が田中課長から言い寄られていて困っていると相談し、協力を仰いだだけです。彼は無関係ですので、何か気に入らないことがございましたら、直接私に申し出てください」
失礼いたします。それだけ言うと常務室を飛び出した。
そのままの勢いでエレベーターに乗り込んだのだが、すぐさま後悔にかられることになった。