意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)
14 不穏な影
田中親子に呼び出されてから一週間が経った。
あれほど田中に批難され、問い詰められた手前、何かしらのアクションを起こしてくるものだと思っていた。だが、実際は静かそのものだ。
(その静かすぎるのが余計に気味が悪いわね……)
この静けさのおかげで、私が田中に「木島は協力してくれただけ」と言ったことはバレずに済んでいるようだ。
木島は私を脅してまで「俺のことは婚約者だと言え」と言って助けてくれようとしたのに、私がそれを拒否していたと知ったら……考えただけでも恐ろしい事態になりそうである。
その木島は、とにかくずっと私の心配をし続けている。
「本当に田中課長から呼び出しはなかったのか? 困ったことになっていないか?」
私の顔を見れば、親鳥のように心配をしてくる。
一日一回の定期メールでは、田中の動向についてやこれからのことを心配したメールばかりが届く始末。
今は日本の地にいるのだし、会社で毎日顔を合わすのだから毎日メールまで寄越さなくてもいいと思うのだが……
メールが送られてくるたびに「特に異常なし。心配ご無用ですわ」と定型文を送るのだが、さすがは木島氏というべきか。全く私の言葉を信用していないご様子だ。
常務室でのあれやこれを聞き耳立てていたんじゃないか、と思えるほど、木島は私を疑ってくる。
『君は本当に俺のことを婚約者だと言っておいたんだろうね』みたいな尋問はやめていただきたいものだ。
木島はどうやら私が嘘をついているのだと勘づいているのだろう。
気を抜いていると、いつボロを出してしまうかわからない。とにかく注意をしなければならない。
彼を巻き込むのだけは避けたい。それには何食わぬ顔をして対処せねばならないだろう。
とにかくだ。実家と田中家が繋がっている以上、何か仕掛けてくるのではないかと未だに警戒態勢は崩すことはできないが、とりあえずの平和は続いている。
田中にしたって、木島と関係があったと思い込んでいたようだし、誰か他の男に抱かれた―――と勘違いしているだけだが ――― 女とは結婚できないと判断したのだろう。
木島の機転は、吉と出た。そういうことなのだろう。