意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)

「菊池女史、ちょっと来てくれ」

 営業事業部の課長である藤沢が焦ったような表情を浮かべている。

 この男は、いつでも冷静沈着で隙がない。それなのに、今の彼はいつもの彼とはかけ離れている気がする。
 それだけ重要な“何か”が起きたということなのだろう。

 私は唇をギュッと横に引き、「わかったわ」と返事をすると、傍にいた茅野さんに書類を手渡す。

「ごめん、これを十部コピーしておいてくれるかしら? 私は少し席を外すわ」
「了解しました~。他に何かやっておくことはないですかぁ?」

 相変わらず語尾が間延びするのは治らない彼女だが、入社時に比べればしっかりしてきている。こういうやりとりだけでも、成長は感じるものだ。

 私は茅野さんに手渡した書類を指差す。

「それ、午後一の会議で使う予定なの。会議室Bを予約しておいたけど、キチンと予約済みかチェックして、そのあとその書類を持って会議の準備に取りかかってくれるかしら?」
「了解で~す!」

 と元気よく返事をしたあと、慌てて彼女は口を押させた。そしてエヘヘと少しバツが悪い表情を浮かべる。

「語尾伸ばしてちゃいましたね、スミマセン」

 ペコリと頭を下げ、コピー機へと飛んでいった彼女を見送ったあと、私は藤沢の元へと急ぐ。

「何かありましたか?」
 
 小声で藤沢に問いかけると、彼は難しい顔をして小さく頷いた。

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