意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)
このアダプタの件は、すべて私が取り仕切っている。工場に駐在している我が社のスタッフに対する指示なども私がすることになっているが、そんな連絡をした覚えはない。
苛立ちを隠せない私に、藤沢は冷静な態度を示した。
「菊池女史の言うとおり。日本市場に出回るはずのアダプタだ。ドイツに持っていく必要は皆無。しかし、実際ヨーロッパ基準である安全マークが付いていない製品が紛れ込み、市場に流れてしまったことは事実」
「っ!」
「そして、君以外の人間が指示を出していたとしても、責任者として菊池女史の名前が挙がっている。これがどういうことなのか、君ならわかるだろう?」
藤沢が言わんとしていることはわかる。だが、理不尽もいいところだ。
一体どうして。誰が何のために……。
考え込む私に、藤沢は上を指差した。
「菊池女史、すでにこのことは上に洩れている。君を呼んでこいと言われてきた」
「……そうなるわよね」
深く息を吐き出した私の背中を、藤沢はポンと叩いた。
「俺のモットーは知っているか?」
権力というものには、時として逆らうもの。そして部下は守るもの。
それが目の前の男のモットーだという。
それを藤沢に言うと、彼は優しげにフッと声を出して笑った。
「それに菊池女史の味方は俺だけではない」
ご覧、と後ろを指差す藤沢を不思議に思ったあと、ゆっくりと振り返る。
そこには私と藤沢のやりとりを聞いていた営業事業部の面々たちが、大きく頷いていた。
「今まで菊池主任に色々助けてもらってきたんですから! 今度は僕たちが救世主になりますよ!」
深く頷いたり、ピースサインをしたり。私を励ましてくれる部下たちに、思わず目頭が熱くなった。
「……行ってくるわ」
いってらっしゃいという彼らの声を聞きながら、藤沢と共に営業事業部のオフィスを出た。