意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)
「今回のこと、菊池にすべての責任をかぶせ、事をうやむやになさるおつもりですか? 菊池の上司として、それは受け入れることはできません」
断固として戦う姿勢をする藤沢に、常務はクルリと椅子を反転させ、再び私たち二人を見つめた。
「そんなことは言っていない。私なら、菊池君のミスをなんとかできるだろうと言っているんだ」
その後に続く言葉ももちろんあるのだろう。
ミスをカバーする代わりに、田中との結婚を考えろ。そのまま会社を辞めろということだ。
藤沢も、常務たちの言葉の裏に気が付いているようで断固として「菊池一人のミスではない。上司である私にも責任はある」と言い続けている。
それを知らぬ存ぜぬといった様子で聞き流す常務を見て、怒りが込み上げてきた。
そこまでして田中家は私と……いや、菊池家と縁者になりたいと言うのか。
菊池家を出てから十年は経った。それでも尚、私は菊池の家に捕らわれなくてはならないのか。
今、口を開けば、田中親子に暴言を吐いてしまうことは目に見えている。
そんな行動はあとあと命取りだ。とりあえず今はこの状況を逃げる手立てを考えなければ。
まずは調査だ。誰が工場に連絡をし、そんな意味不明な指示を出したのか。その辺りを突き詰めなければならないだろう。
最終的に責任者である私の責任だと言われるのなら、真相だけでも突き詰めておかなければならない。
あとに続く後輩たちのためにも。
もう一度常務に時間の猶予をもらおうと口を開きかけたときだった。
常務室の扉をノックする音が聞こえた。
「人払いしているはずなのに…… 」
田中が怪訝な顔をして扉に近づき、ゆっくりと開ける。すると、そこには木島が立っていたのだ。
何故、と誰もが頭を捻ったことだろ。
しかし、木島自身は自分がここにいるのは当然といった様子で、断りもなく常務室へと入ってきた。