意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)
「信じられません!!」
「ど、どうしたの?」
いつもポワポワと、物腰柔らかな彼女からはほど遠く怒りを露わにしている。
驚いて受話器を置いて彼女に向き直ると、茅野さんは頬をプクリと膨らませた。
「私。木島さんは菊池さんのこと好きなんだと思っていたんです! それなのに、この大変な時に有休取るとかってあり得ます!?」
「え……?」
ザワッと課の雰囲気が一気に変わったのがわかった。
目くじらを立て、嫌悪感をあらわにしたのは目の前に座る、後輩の男性たちだった。
「ちょっとショックっすよ。木島さん、あんなに菊池主任のこと狙っていたのに。彼女のピンチに逃げ出すってどういうことですか!?」
いやいや、私にそれを言われてもどうしようもないだろう。
だが、その言葉は私の胸にチクンと突き刺さった。
木島には木島の事情があるだろう。今回のことだって私が田中に恨まれることをしなければ、もっといえばさっさと諦めて見合いでもなんでもしていれば、こんな事態を引き起こすことはなかったと言ってもいい。
余計な仕事。そう言われれば何も言い返せなくなる。
だけど、木島なら助けてくれると思っていたから胸が痛むのだ。
でも、それは私の勝手な思い上がり。彼にしてみれば迷惑きわまりなかったのかもしれない。
木島に悪いことをした、と心の中で小さく謝罪をしたあと、私は再び受話器を手にする。
周りでは、「絶対に菊池主任をヤツになんか渡さない!」と女性陣が息巻いている。
しかし、それを咎めることはできなかった。心が悲鳴を上げていたからだ。
(どうしてこんなに胸が苦しいのかしら……?)
彼なら何をおいても助けてくれると思っていたからだろうか。
しかし、すべて私が引き起こしてしまった今回の出来事。彼に落胆するのはお門違いだろう。
とにかくだ。こうなってしまった以上、仕事として最後まで全うしなければならない。
私が敗北を認めたからといって、根本的な解決には至らないだろう。
引き出しをこっそりと開き、出番を待つ辞表を見て、小さくため息をついたのだった。