意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)

 木島の様子を見て、私は驚いてしまった。

 元官僚であり、ヘッドハンティングで我が社に入った木島健人。
 できる男であることは経歴などを聞いて分かってもいた。

 しかし、日頃の彼は爽やかな雰囲気で優しげである。そんな人物がひとたび仕事となると冷静で、いつもと雰囲気が違うとは。

 淡々と説明をする木島の横顔を、あ然と見つめるしかできない。

「常務が現地スタッフを買収し、今回のことを企てたことは明るみに出ましたよ」
「ば、馬鹿な! 濡れ衣だ」
「濡れ衣? 馬鹿なのは貴方だ、田中常務。私は当人に会ってきましたよ。貴方が現地スタッフを買収し、今回の悪事に荷担した張本人にね」
「は……? 待て、木島。それは嘘だろう」
「嘘? 私が嘘を言っているとでも? こうして貴方が指示をし、工場の隅に隠しておいたアダプタ三個がこの場にあることが動かぬ証拠ではないですか?」
「っ!」

 拳を振るわせて俯く常務に、木島は容赦なく言葉を投げつける。

「どうして私がインドネシア工場に行けたのか。そう思っているようですが、簡単ですよ」
「……」
「非公式でお邪魔したからです。沢コーポレーション海外事業部課長という名前ではなく、木島健人という個人で。もちろん個人で行きましたから、有休制度を使いましたけどね」

 殴り込みに近い形でしたが、と言って笑いながら、木島は常務をキツく睨み付けた。

「もちろん専務の許可、インドネシア工場を営んでいるアダプタ会社のトップにも許可をいただき、抜き打ちで工場に行ってきました。ですから、常務の耳に入らなかったのです」
「な、な、な……」
「貴方の息子である田中課長に泣きつかれたのはわかりますが、そこは親として止めるべきことであり、一緒に悪事を企てるというのはいかがなものでしょうか?」

 木島の言葉を聞き、ガックリと項垂れる田中常務に、沢コーポレーションのトップである社長が叱咤した。

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