意地悪上司に求愛されています。(原題 レア系女史の恋愛図鑑)

「いいんです~、菊池さんがなんともなければ、それでいいんですよぉ~」

 そうだそうだ、と課の人間たちは口を揃えて頷いた。
 そう言って貰えるのならありがたい。私は素直に感謝を口にした。

「ありがとう。みんなのおかげで助かったわ」

 本当に助かったし、ありがたかった。心強かった。
 この十日間は生きた心地がしなかったが、なんとか耐えることができたのは課のみんながいたおかげである。

 ホッとしつつ皆にお礼を言うと、なぜか周りは静かになった。

 どうしたのか、と首を傾げる私に、先ほど一気に静かになった面々がドッと騒ぎ出した。

「なんか菊池主任、表情が柔らかくなりましたよね」
「こうしてプライベート仕様で飲み会って初めてですけど、菊池主任って可愛いですよね」
「そうそう。今日の服装だっていつもと全然違う! 似合う~、可愛い!」

 今日の慰労会は仕事ではない。だからいつものスーツではおかしいだろうと思い、普段着でやってきたのだ。
 ダークブラックのパンツスーツという姿しかみたことがない彼らにとって、今日の私の服装は目新しいのだろう。

 マキシ丈のスカートは、とろみ素材で光沢があり、色も柔らかなブラウン。
 トップスは白で、上品にレースが施されているものだ。
 その上、今日は眼鏡をしていない。それに、化粧もナチュラルメイクである。

 いつもの菊池主任じゃない、と叫ばれてもしかたがないかもしれない。

 だが、今回のことで私の中で仕事という存在意義が変わった気がする。
 一人で仕事をしているのではないということを改めて確認したのだ。

 以前までは、誰にも頼ってはいけない、一人で頑張らなくては。そんなふうに肩肘を張っていたことは否めない。
 だけど、もう少し課のみんなに歩み寄る努力は必要ではないかと思ったのだ。

 お友達感覚では仕事はできないが、仕事以外のところでも信頼関係を作ることは大切なんじゃないかと思い直した。
 
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