お口を開けて
座って少し待っていると、目の前のディスプレイに先ほど撮ったばかりの写真が映し出される。挟まれた板は鏡だったようで、綺麗に歯の裏側まで写っていた。

「へぇー、歯の裏側って、私、初めて見ました」
「そうですか、もしかして歯科医院に通われるのも初めてですか?」
「はい、そうです」
「一度も?矯正歯科に通われたことは?」
「一度だけ子どもの頃に健診を受けたことはありますが。その時に歯並びも噛み合わせも問題ないと言われましたし、今まで歯が痛くなったことがなかったものですから」

矯正や治療の跡がないことは、歯科医師が診れば簡単に分かるんじゃないだろうかと思ったが、どうやら彼が確認したかったことはそうではなかったらしい。

「それは残念です。予防歯科という考え方があります。自覚症状がなくとも、歯の健康のために定期的に通院すべきです。歯石除去やブラッシングの指導なども受けられますよ」

なんと、痛くも痒くもないのに、わざわざ通院するなんて、考えたこともなかった。だって、普通の病院ならば、自覚症状もないのに受診したら「何しに来たの?」と聞かれるに違いない。

「でも、私、きちんと磨けてると思いますが…」

しかも、私には自信があった。今日まで歯医者を恐れるあまり、必要以上に時間を掛けて歯磨きを続けてきたという自負がある。その証拠に、写真に映る自分の歯はきちんと白く輝いている。

「……では、少し拡大して見てみましょうか?」

私の主張は、どうやらこの神経質そうな先生の機嫌を損ねたらしい。
彼は眉間に皺を寄せて、ノートパソコンを操作する。すると、目の前のディスプレイにこれでもかと拡大された歯が…

「ここと、ここ。明らかな磨き残しです。歯並びが良いことと、元々免疫が高いのでしょう。今まで虫歯が出来なかったのは、ただの偶然、いや幸運、もはや奇跡です。しかし、加齢と共に免疫力は低下します。ざっと見ただけで、歯周ポケットの深さが4、5ミリの箇所がいくつかあります。このまま、放置していたら数年後には間違いなく歯周病になり、おそらく遠くない将来、貴重な歯を失うことになるでしょう」

歯周病って、オジサンとかがなるやつじゃないの?それが、数年後って…私、まだうら若き乙女なんですけど!!

「だから、あなたは感謝するべきです」

少しだけ怯んだ私に彼は満足したのか、にっこりと笑って続けた。


「……奥歯に出来てくれた、初めての虫歯に」

あっさりと重大なことを宣告されて、一瞬ポカンとするも、すぐに我に返る。

(そんなもん、感謝できるかー!!)

そんな私を前に、彼はまたしても淡々と説明を始めた。目の前のディスプレイがレントゲン写真へと切り替わる。
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