お口を開けて

「そこまで大げさな話?」
「私にとっては同じことです。どちらも初めて体験する恐怖ですから」
「じゃあ、実際にやってみた感想は?」
「は?」
「初めて歯を削ってみた感想は?どうだった?」

彼はまるで私の答えが分かっているかのように、自信満々の表情で軽く首を傾げていた。そのポーズが少し癪に障るが、嘘を付くのも大人げない。

「……想像してたよりは、痛くなかったですけど」
「……けど?」

正直に答えた私に、彼は続きを促す。何かを期待するように、私の唇に視線を集中させている。

「出来ればもう二度と経験したくはないです」

正直な感想だ。痛くはないが、決して気持ちのいいものでもない。
その解答に満足したのか、彼はその涼しげな顔に軽く微笑みを浮かべて続けた。

「じゃあ、これからしばらくうちに通って。治療が終わったら、歯石をキレイにして、きちんとブラッシング指導を受けること」
「はい」

歯医者に通うなど不本意だが、ここは仕方がない。徹底的に治療して、再発を防止せねば。

「……あとは、食後は毎回欠かさず歯を磨くこと。食事だけでなく間食の後も必要だな」
「分かりました」

もちろんだ。言われなくとも、今まで以上に徹底的に磨くつもりでいた。
「じゃあ、また来週…」と言いかけたところで、彼は何か名案を思いついたのか、目を僅かに見開いた。

「いや、待てよ?治療して、正しいブラッシング法を習得するまでは、不必要な糖分は控えた方が良さそうだな。当分の間は甘いものは全て禁止にするか……いや、糖分だけでなくコーヒーや紅茶も……」

彼の口から飛び出した言葉に、一瞬耳を疑う。

(はぁ?何、言ってんの、この人)

思わず口に出してしまいそうなところを踏みとどまって、私は慌てて尋ねる。

「せ、先生?先ほどから何をおっしゃってるんでしょうか?」
「何って君の今後の治療計画だが?」
「さ、さすがにそこまでは……」

やりすぎでは?という声は彼の鋭い眼光により制された。

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