お口を開けて
「君は、実に歯並びがいい。それも、僕が今まで診てきた患者の中でも、群を抜いて素晴らしい。まずは、上下の歯に中央のズレがない。ぴったりと左右対称の上に、咬合面のカーブは実に滑らか。上の前歯の被さりは少し多めだが許容範囲だ。見た目に関しては好みが分かれるところだが、僕が考える理想にぴったりと当てはまる」
「あっ、ありがとうございます」
「だが、しかし…」
今まで確かに友達から「歯並びいいね」と軽く褒められたことはあるが、ここまで具体的に絶賛されたことはない。戸惑いながらもお礼を言った私に、彼はここぞとばかりに眉間に皺をを寄せ、言い放った。
「逆に理想的な歯列が、これほどまでに汚れているのは、実に耐え難い!」
褒められたかと思えば、途端に叩き落とされる。理不尽な要求をされているというのに、全く言い返せない自分が悔しい。
苦虫をかみつぶしたような顔の私に向かって、彼はまたまた質問を投げかける。
「君は多分甘い物が好きだろう?」
またしても、図星だ。渋々、こくりと頷いてみせる。
「想像してみて欲しい。とびきり味の美味しいお菓子が、食べる気も失せるようなグロテスクな色をしていたら、どうだ?」
「……もったいないなぁと思います」
「それと、同じだ!!」
何だかイマイチ納得できないが、鋭い眼光で力説されると反論できない。
立ちすくむ私に、彼はまたしても、とびきりの作り笑顔を貼り付ける。
「治療方針に賛同が得られたということで、しばらく甘い物は禁止です。分かりましたね、三井さん。全ては最高のプレゼントを守るためですので」
「……………はい」
親からもらったプレゼント、私がそのワードを出されると弱いということは、すでに彼の中にしっかりとインプットされているようだ。
私は、心身ともにヘロヘロになりながら、スマイルデンタルクリニックを後にした。
─────これから、とんでもない毎日が始まるとも知らずに。