お口を開けて
あと、このオフィスには営業部の社員が二人いる。
一人は、営業担当の米田(こめだ)さん。新規の営業だけでなく、お客様のオーダーから苦情までどこか憎めない笑顔で捌いていくスーパーマン。30代で双子のお子さんのパパさんだ。
もう一人は、清掃スタッフの採用と教育、シフト管理を任されている横井(よこい)さん。
大学生の頃からうちの会社の清掃スタッフのアルバイトをしていた彼は、その真面目さと清掃の腕を買われて、社員に引き抜かれたらしい。年齢は私よりも二歳年上だ。
そして、横井さんを引き抜いた人物こそ、先ほどから女子ふたりにまるで神のように崇められている、スイーツ部長、その人である。
総務部と営業部の部長を兼任しているので、うちの会社には部長と名の付く人は一人しか居ない(そもそも、部を分ける必要があるのかは疑問だ)。
本名は、宇井朗(ういあきら)。
48歳。いまだに、独身。
年齢の割には若作りしているが、白髪と加齢臭の気になるお年頃。
酒も女もギャンブルもやらず、唯一の趣味がスイーツ店巡りだという彼は、出掛けると必ずスイーツ片手に会社へも戻ってくる。
自分が食べる分と、社員が食べる分、さらにはアルバイトの清掃スタッフに配る分。両手はいつも甘い香りのする紙袋で一杯だ。
果たして月の給料のうちにどのくらいスイーツに費やしているのか。
部長(しかも役員も兼ねている)ともなれば、我々よりは沢山お給料をもらっているんだろうけど、流石に心配になる。
それでも、遠慮すると「いいから食え。俺には養う家族もいないし、どうせ金の使い道がない」と不機嫌になるため、私たちはいつもありがたくご馳走になることにしている。
ハーブスの食べ応えのある大きなケーキは、お値段も少々お高めだ。
とても薄給の私が頻繁にありつける品ではない。
……まさに、スイーツ部長様々なのである。