お口を開けて
「いたた……」
温かいコーヒーを飲みながら、パソコンに向かって書類を作成していた私を、ズキズキとした痛みが襲う。
思わず顔を顰めたところを、隣に座るゆかりさんに覗き込まれた。
「喜羅ちゃん、どうしたの?」
ゆかりさんの心配そうな顔を見て、申し訳なく思いながらも、私は思わず左頬に手を当てる。とりあえず、苦笑いだ。
「すみません、最近あったかい物を飲むと歯が痛くて……」
「ちょっと、それ、虫歯じゃないの?思わず声が出るなんて、昨日今日の痛みじゃないでしょう?」
ずばり言い当てられて、ドキリとする。
そうなのだ、もうかれこれ2週間は謎の奥歯の痛みが続いている。
最初は気のせいかなと思えるほど小さな痛みだったけど、今では痛みだすと思わず声を上げてしまうほどになっていた。
「今日はもういいから。急ぎの仕事も終わってるし、帰ったら?」
優しい言葉を掛けられて、涙腺が緩む。職場で泣き出すなんて、社会人失格だと堪えたけれど、次に彼女の口から出た言葉に、私の涙腺はあっさり崩壊した。
「すぐに歯医者行きなさいね」
急にぶわぁと泣き出した私を心配して、ゆかりさんがさらに心配そうにこちらを覗きこむ。
私は駄々っ子みたいに、泣きながら叫んだ。
「はいじゃはいやでず~(歯医者は嫌です~)」
そうなのだ。私が歯の痛みを2週間も放置していた理由は、偏に歯医者が嫌いだから。子どもの頃、歯科健診に連れて行かれた歯科医院で、あの不快な機械音と泣き叫ぶ子どもの声を聞いて以来、二度と足を踏み入れるものかと誓った場所。そのために、いつも念入りに歯を磨いていたというのに、どうやら就職してからのスイーツ三昧がたたったらしい。